まんが日本昔ばなしの常田さん自身の昔ばなし。

まんが日本昔ばなしの常田さん自身の昔ばなし。

投稿者:マルコ 投稿日時 2013/4/23 18:17
まん日の常田富士男さんご自身が語る、自分の昔話という記事がありました。
面白いな…と思ったので書き込みしたいと思います!!

 インタビューの際、とくに芸能人の場合、指定の場所まで一人で出向いてくる人はほとんどいない。たいていマネージャーやら映画会社、宣伝会社の人たちを引き連れてくるものだ。私の経験だと、小沢昭一、三國連太郎、佐藤慶などというクセのある人たちは一人で赴いてきた。町中からひょこっと現れ、終わるとすっといなくなる。そんな印象だった。
 この常田富士男も、そうである(「週刊文春」1988年6月23日号)。
 実にひょうひょうとしていて、まさに「まんが日本昔ばなし」風の喋りである。ちなみに、このインタビュー時点で、「まんが……」は12年目だったようだ。
 テーマが「行くカネ来るカネ」なので、昔の貧乏話、とくに幼いころから劇団民芸等の演劇青年時代の暮らしぶりはなかなかのものである。ただ、かなり働き者なのは確かで、ひっきりなしにアルバイトをしていたという。
 30代でドラマの脇役で売れっ子になり、「ゲバゲバ90分」でその名が全国区になる。その直後に「まんが日本昔話」がスタートしたみたい。
 記事を読み返して、「ああ、そうだった」と思い出したのは、1976年に常田は東京・保谷市長選挙に立候補しているのだ。

「何年か住んでいて、まあ、ボク自身も三十……九歳でしたか、俳優の仕事に疑問を持ちはじめてたりして、何かやりたかったんだろうね」

 結果は、候補四人中の最下位で、あえなく落選。供託金は返ってきたそうだ。いまなら、もっと話題になるだろうな。
 どこか、一風変わった人なのだ。
 家を建てるときにわざわざ土間を作るようにしたという。そこで薪でご飯が炊けるようにしたのだ。

「もう一つのテーマが『不便な暮らし方』というの。何か物ができるまでに、その手続きを省略しちゃいけないという気持ちがボクの中にあるんですよ。そういう手続きを楽しみたい、と。(中略)これはクソ贅沢といえばクソ贅沢ですがね」

 この後に今村昌平監督の『黒い雨』に出る予定で、被爆者の役を演るため体重を16キロ落とさねばならないと言っていた。
 映画の、そういう手続きを惜しまない作業過程が好きなのだ、と。

常田さんは元々声優さんじゃないんです!!俳優さんなのです!!
その芸風が一風かわっていて常田さん独特の不思議な、怪しい?だけどもどこか憎めない、
笑いを誘うような感じなのです。
短いシーンの中での演技が多いのですが、その短いシーンの中で強烈に観客の目を引き付けるのです。映画やドラマのたった5分間の中でですよ!!すごくないですか?
あれは、常田さんの特技だといっても過言ではないと思います。
マルコは俳優の常田さんも好きですが、やはり、昔ばなしの常田さんの方が一番好きですね。
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