七駄田の鰐口は・・・。

七駄田 についてのコメント&レビュー投稿
昔々、栃木県の芳賀に小さな村がありました。この村では日照りが続き、困った村人たちはイライラしていました。 ある時、村のお百姓さんが手樋越の淵の堤を通りかかると、龍が雷...…全文を見る

七駄田の鰐口は・・・。

投稿者:マルコ 投稿日時 2014/1/18 20:27
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マルコが「七駄田」の手樋越の淵を探し出したきっかけとなった銅製鰐口。この鰐口の持ち主はどうやら七田駄の持ち主だった大島三郎さんのようです。栃木県の文化財を記録した本に載ってました。

マルコが大島さんに青龍神社を教えていただいたときに青龍神社の右側に熊野権現様を祭った祠があるっていうことを教えていただいたし、本にも鰐口は手彦子の熊野権現にあったものであると書いてあったので。


銅製鰐口(どうせいわにぐち)有形文化財。S31.6.15指定。

面径13.1cmの小形の鰐口で、年代を経ていること、永い間打ち鳴らされたためか、肌が荒れている。撞座は素文で、2条、3条紐で3区に分けており、釣鐶の耳は比較的大きく、中央左右の目は短く小さい。表には「敬白奉懸熊野三所権現鰐口下州宇都宮東真壁芳士土手樋越」、裏には「嘉慶2年(1388)戊辰八月十八施主妙円尼敬白」と刻銘がある。
この鰐口は、近く五行川沿岸の手彦子にあった熊野権現に懸垂されていたもので、南北朝期の銘のある古い鰐口であり、銘文に古地銘芳士土、手樋越と書くなど、史料的にも貴重なものである。

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