昔、大谷の里に杉作と小江(こえ)という兄妹が住んでいた。里では秋になると雷電山の神、山姫さまは赤い晴れ着を織り、秋の踊りを舞うのだといわれていた。杉作はその踊りが見たくてたまらず、妹が止めても聞く耳もたなかった。
ある秋の日、杉作はとうとう山へ入ってしまう。山姫さまのところへ行くにはまじないがあり、ひとつは山姫さまは一本足だから、山に入る者も一本足にならねばならないというもの。杉作は片足跳びで山を進んでいった。もうひとつのまじないは山姫さまの歳の数だけ山の栗を拾って供えるというもの。山姫さまの歳は十と七つだった。
杉作が栗を供えたところ、赤い衣を着た美しい山姫さまが目の前に現れた。「一本足の若者…長い間待ってましたよ…」紅葉舞う幻想的な景色の中、山姫さまと杉作は楽しく踊りを舞う。しかし、ふいに「あんちゃ~ん」小江の呼び声が響く。杉作を心配して探しにきたのだ。とたん、山姫さまの形相が変わった。小江はまじないを知らなかったため、二本足で山に踏み入っていたのだ。
杉作は戻れと叫ぶが、小江は戻らない。あわてて止めようと杉作も二本足で駆け出した。「二本足!?」山姫さまの叫びとともにあたりの様子が一変する。鮮やかな紅葉の木々は暗い色に染まり、雷が轟き、風が渦巻きだした。そして山姫さまの姿も、美しい姫から目を光らせ髪を振り乱し、爪は尖り口の裂けた化け物へと豹変した。
「おのれー、二本足めー!」杉作の後ろから山姫さまが追いかけてきて、あっという間に捕まえてしまった。小江は転げ落ちたはずみで膝を強く打って、片足でぴょんぴょんと跳びながら逃げ出した。それを見た山姫さまは「なんじゃ、おまえも一本足か。一本足なら許してやろう」と追うのをやめた。小江は泣きながら片足で山を降りた。杉作はとうとう夜になっても帰ってこなかった。
夜、村の衆が杉作を探しにいこうと話している家の屋根に、何かが落ちてきた。見れば気絶した杉作が寝ている。杉作はそのまま三日三晩、眠り続けた。その後、杉作は起きてもまだ夢を見ている様子で、正体がはっきりしなかった。このことがあってから、大谷の里では秋の取入れが終わると大きな片わらじを作って山姫さまに豊作祈願をしたということだ。
(投稿者: hiro 投稿日時 2012-1-7 22:24 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 埼玉の伝説(角川書店刊)より |
出典詳細 | 埼玉の伝説(日本の伝説18),早船ちよ,角川書店,1977年5年10日,原題「山姫さまと兄妹」 |
場所について | 東松山市大谷の雷電山か? |
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