『雪姫紅葉姫』の勝山城探索。
投稿者:マルコ 投稿日時 2014/2/7 20:04
マルコは栃木県のさくら市にある勝山城に探索に行ってきました!!
奥州街道を北上して行くと「さくら市ミュージアム 荒井寛方記念館」の看板があり、中に入って入り口近くの駐車場に車を止めました。駐車場は何時間駐車しても無料なのでじっくり勝山城を探索したい人には嬉しいです!!
白木の橋を渡る前のあたりに勝山城についての看板がありました。それによると『勝山城は今まで落城したことは無い』
との事。
あれ?『雪姫紅葉姫』は勝山城落城の時の二人の姉妹姫の悲劇を伝える話ではなかったのか?という疑問が・・・。
看板には詳しい解説と、荒井寛方記念館が建つ前の勝山城の写真がありました。
「さくら市ミュージアム 荒井寛方記念館」の裏を通って城の堀にかかる白木の橋を渡って本丸へ・・・お城の本丸と言うともっと広いものを想像していたが、意外と狭い・・・。中央よりやや端の方に『勝山上本丸』を示す石碑がありました。雪姫と紅葉姫はここで父である城主や家族と生活していたんでしょう!!
本丸を抜けると鬼怒川が見える開けた場所へ着きます。突き当たった場所には『雪姫紅葉姫』と【竜宮城の貸し椀】の石碑?看板があります。
初めての人はこの看板がある場所が雪姫と紅葉姫が飛び込んだ場所だと勘違いして帰ってしまうのですが、二人の姫が飛び込んだ場所はその看板がある地点からもう少し右の方に進んでいったところです。
目印は、崖の下に小さな池が見えるところです。その池が、二人の姫が身を投げた『釜ヶ淵』の跡なのです。
『釜ヶ淵』だって言う証拠がほしい?
それでしたら、『雪姫紅葉姫』と【竜宮城の貸し椀】の石碑?看板の場所から左に行ってもらうと大きな石版、石碑が立ち並んでいる場所があります。その石碑に
『釜ヶ淵を何年に埋め立て工事を行いました』と言う主旨の事が書いてあります。
荒井寛方記念館の職員の方に質問してみるのもOKでしょう。
釜ヶ淵の池を近くで見たいと言う方は、崖の下に小さな池が見える地点から、もっと右の方へ行ってください。木がこんもりして、お城の堀がある場所を抜けると、崖の下に下りる階段。もしくは真ん中に鐘のある橋を通って行く事ができます。
ついでに勝山城からそれほど遠くない『そうめん地蔵』さまにも参拝に行ってきました。前回、お会いした時は緋の頭巾とよだれかけはしていなかったのですが、誰かが作って奉納してくれたみたいです。
まんが日本昔ばなしのそうめん地蔵さまを意識してのことでしょうか?アニメのそうめん地蔵様も緋の頭巾によだれかけの
スタイルでしたから。
そうめん地蔵様のある実際の景色は、昔ばなしとほぼ同じです!!これは本当です!!石の仏様がいっぱいあるところ、あにめで本堂の右にある不思議な木。
おそらく【堂原の公孫樹】 天然記念物(昭和61年11月28日指定)ではないか?と思われます。
堂原の将軍地蔵(そうめん地蔵)境内にあるイチョウ科の落葉高木で、雌雄異株。原産は中国。樹皮が厚く、耐火力にすぐれ、薬用にもなったので、日本では古い由緒をもつ神社仏閣に医療・火防の霊樹として植えられた。このイチョウは今宮神社のイチョウ(町指定天然記念物)と推定樹齢が同じく約六百年とされている。
今宮イチョウが雄、このイチョウは雌で、併せて「夫婦イチョウ」と呼ばれている。樹幹や枝から気根がたれ下がり、乳房の様に見え、樹液がしたたるので、古来より、乳不足の母親はこのイチョウに願いをかけると効きめがあったといわわれている。晩秋には沢山の銀杏が落ち、賞味されている。当地方の名木であり、まれにみる巨木である。
樹齢(推定) 約六百年
樹 高 二八・二メートル
目 通 周 囲 四・九メートル
氏家町教育委員会
実際は本堂正面の左にあるのです。
ちっちゃい事は気にしない、気にしない~。
そうめん地蔵境内の井戸と釜ヶ淵はつながっているって噂が土地の人たちにあるみたいです。確かにそうめん地蔵境内には今は使われていない古井戸がありました。井戸のそばには『天明(江戸時代ごろの年号)]』が刻まれた水盤がありました。井戸は板でふさがれていましたが、隙間から石を投げ込むと、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カラン。相当深いみたいでした。