鱶になった地蔵さん ~山口県沖家室島~
瀬戸内海の沖家室島に善右衛門ちゅう漁師がおったげな。やさしい男で、泊清寺の地蔵さんにお参りを毎日しておった。善右衛門には女房がいたが、この女房には他に男がいて夫を殺しちゃろうと機会をうかがっていた。
ある日、女房が沖の千貝の瀬へ貝採りに行こうと言ったげな。そこは満ち潮になると海ん中に沈んでしまうという不気味な瀬じゃったが、女房の頼みだからと舟を出すことにした。善右衛門が夢中で貝を採っているうちに女房が舟を漕いで瀬から離れ、善右衛門は置き去りにされてしもうた。やがて陽も落ち、潮はじりじりと満ちてきた。善右衛門は「南無地蔵大菩薩…」と日ごろ信仰する地蔵さんの名を唱えながら死のうと思ったげな。
すると、一匹の鱶がじっと善右衛門を見て、まるで我が背に乗れちゅうようなそぶりじゃ。善右衛門は思わずその背にまたがったが、その背が滑って海に落ちそうになる。慌ててつかまったとたん、手に持っちょった小刀をぐさっと鱶の背に刺してしもた。引きぬこうとしたが、鱶は痛がったり怒ったふうもなかったので、善右衛門は「すまんこつ」とつぶやきながら、鱶につかまって無事に岸辺に着いた。そして鱶は海へ消えていった。
次の朝、泊清寺へ向かった善右衛門はたまげた。お地蔵さんの背にきのう鱶に突きたてた小刀がそのまま打ちこまれちょったげな。善右衛門は「ありがたいこっちゃ」と泣いて喜んだげな。
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