Re: 辰子姫物語
投稿者:ゲスト 投稿日時 2013/3/3 1:15
こうして百日目の夜だった。
ぴったりと堂の前に座り、一心に祈り続ける辰子は、日頃の疲れも手伝ってか、いつの間にか、夢とも、うつつともわからぬ境におちいっていた。そのとき辰子は、確かに観音様のお姿を見、そのお声を聞いた。
「辰子よ、かわいそうな辰子よ、よくぞ百日の間通い続けた。おまえがそれほど願うなら、この山を北へ北へとふみわけて行くがよい。そこには清らかな泉がわいているだろう。
・・・・・・その水を飲めば、おまえは永劫の美しさを得ることができるだろう・・・・・・。
けれど辰子よ、その前にもう一度考えてみるがよい。おまえの願いは人間の身には許されない願いであるということを・・・・・・。そのときになって悔やんでもおそいのだ。」
「いいえ、いいえ、この美しささえ保つことができますなら、どんなことでも悔いるようなことはありません。」辰子は自分の叫び声に、ハッとして我に返った。あたりは、しいんとしてただ青い月の光が、お堂の周りの木の間から洩れているだけであった。
「夢ではない。夢ではない。・・・・・・たしかに観音様のお告げがあったのだ。
北へいって・・・・・・泉の水を飲めと。」辰子の眼はきらきらと喜びに輝くのであった。
「辰子よ、その前にもう一度よく考えてみるがよい。おまえの願いは、人間の身には許されない願いだということを・・・・・・」辰子は観音様が最後にいわれたことを、繰り返し、繰り返し考えてみた。
そして静かに首を振った。たとえ、どんなことになっても私は悔いはしない。・・・・・と。
辰子は自分の心の動かないことを知った。
そして、何日かたったある日、近所の娘たち3人を誘い、山菜を採りに行くといってなにげなく家を出た。百日の間、夜ごとに願いをかけてかよった院内嶽への道を、今日こそ願いを叶えるためにいくのである。辰子の胸は喜びに燃えていたのである。
こうして辰子は、三人の娘たちと、わらびなどを折りながら院内嶽を越え、もや森をすぎ、
やがて高鉢やまの下をたどっていったが、目指す泉はどこにも見あたらなかった。
もう太陽も高くなり、疲れ切った辰子と3人の娘たちは草原に寝ころんで青い空を眺めていると、さわやかな風が吹きすぎ、娘たちは間もなく、ぐっすりねこんでしまった。