Re: 辰子姫物語
投稿者:ゲスト 投稿日時 2013/3/3 1:12
昔、今の秋田県仙北市田沢湖神代の神成沢という地に三之丞と呼ぶ家があった。
父親を早くに失い、母と2人で暮らしていたが、一人娘の辰子は近在には見ることのできないほどの希な美しい娘であった。
そのころ、このあたりの娘たちは、春になれば山菜を摘みにこだしを肩にかけて出かけるのだった(こだし・・・山菜を入れるかご)山にはゼンマイ、わらび、ふきのとう、タラの木の芽などがたくさんあって、体の芯まですがすがしくなるような食べ物があふれていた。
秋になれば娘たちがみんな揃って矢萩を刈り、夕暮れになると野菜をたくさんもらった馬が喜びひづめをならして家路につくのだった。辰子も胸を喜びにふくらませながら馬の背にまたがり、すすきの原の中を走らせるのだった。そんなときの辰子の姿は、たくましく美しさに あふれるのだった。
辰子は家のくらしを助けてよく働き、村の人たちとも仲良くすごしていたので、村のふと美とは自分たちの娘のようにいとしがり、ほこりにも思っていた。
村の人たちは顔を合わせるとよく語り合った。
「辰子ほどの美しい娘がこの世に今までいただろうか。」
しかし、辰子はそんなことは気にも止めなかった。美しいということが、どういうことか考えてもみなかった。ただ生き生きと生きる喜びにあふれて、野や山にみんなと一緒に働き続けていた。
ある秋も深い日のことであった。
一日中、木の実を広いながら山を歩き回った辰子は、泉のそばに座って水を飲み、ほっと一息ついた。上気したほほは赤らんで、髪も乱れていた。辰子は泉をのぞきながら髪をくしでけづりはじめた。水を飲むとき広がった波紋はやがて静まり、水の面は静かに鏡のように澄んで辰子を映しだした。
辰子はふと、くしを動かす手を止めた。
「まあ、なんてきれいな・・・・・・・」白い肌は泉の底から照り映り、なめらかに美しく、大きな瞳は、深い湖のように蒼味をおびて澄みとおっている。いきいきとした唇は、愛らしく、また気品に満ちていた。
「これが私?・・・・・・・私はこんなに美しかったのだろうか?」
辰子は眼をみはった。水鏡の辰子もみはった。そして辰子は呆然といつまでもいつまでも水鏡に映る自分の姿を見つめるのだった。