Re: 辰子姫物語
投稿者:ゲスト 投稿日時 2013/3/3 1:13
この日から辰子は変わった
今まで心の動くままに野山を走りまわっていた辰子は、じっと物思いに沈むようになった。
やがて冬がおとずれ、雪が降り積もった。長い冬の間、いろりのそばに座って、火を見つめながら辰子は考え続けていた。
「やがて春が来る。そして夏がすぎ、秋がすぎて、また冬がめぐってくる・・・・・・。こうしてだんだん年をとっていく美しい娘たちも腰のまがった年よりになっていくのだ・・・・・。」
辰子は両手で頬をおさえた。
「ああ、私はがまんができない・・・わたしもそうなるのだろう?・・・・この美しい私も?」
そう思うと、辰子の胸はしめつけられるように苦しく切なくなっていくのだった。
村の年よりたちが炉端えよっていくのでさえ、今の辰子にはみているのが苦しかった。
「私もああなるのだ。いつか私も・・・・・・。」
そしてついには母の姿をさえ、未来の自分の姿かと思われ、美しければ美しいほど、人間に生まれたことすら呪わしくなり、考えれば考えるほど、眠れない夜が続くのであった。
暗の中をみつめて辰子の身はもだえるのであった。
「ああ、私だけは年をとりたくない。いつまでもいつまでも、この美しい姿でいたい・・・。」と、夜をとおして思い続けるようになった。
ある真夜中のことであった。辰子はふいにむっくりと起きあがった。
「そうだ、神様にお願いしてみよう。神様に一心こめてお願いしたら、この願いがかなえてもらえるかもしれない。」
辰子はそっと家を抜け出した。まだ残雪があるので道は白く、月の光も身を刺すかと思われるほど冷たかった。しかし辰子は寒さも忘れ、真夜中の道を院内嶽へと歩き続けた。
そこには大蔵山観音のお堂があった。
その夜から、辰子は雨の日も、風の日も、かかさずに真夜中の道を観音堂へと通い、一心に祈り続けた。若い娘の身でありながら、遠い山路を、しかも真夜中に通い続けることは並大抵のことではなかった。えたいの知れない獣の叫び声、メリメリと木の枝の折れる音、ぶきみなふくろうの鳴き声、ある時は全身を雨に打たれ、ある時は吹き巻く嵐に道を見失うなどし、それでも辰子はおそれなかった。やつれて見える頬はいよいよ美しさを増し、思いつめた黒い瞳は怪しいまでに輝きを増していくのだった