No.0708
はたちばらのつばき
二十原の椿

放送回:0444-B  放送日:1984年05月19日(昭和59年05月19日)
演出:なべしまよしつぐ  文芸:沖島勲  美術:なべしまよしつぐ  作画:なべしまよしつぐ
島根県 ) 8240hit
あらすじ

病の為、二十歳で死んでしまった若い娘(分限者の娘? 権力者の娘だったのは覚えています)が「自分が死んだら(自分が好きだった)椿の根元に埋めて下さい。そこに咲いた花で難病に苦しむ人を助けましょう」と言い遺して世を去る。彼女の遺言を実行した乳母もまた、娘の後を追って入水した。

娘の思いが宿った椿は難病に苦しむ人々を救い、やがて椿の由来を知った人々は「二十歳で死んだ娘の遺した椿」として、この木を「二十原(はたちばら)の椿」と呼ぶようになった。

(投稿者: 黒田 投稿日時 2011-11-12 21:07 )

 


ナレーション常田富士男
出典岡義重(未来社刊)より
出典詳細出雲の民話(日本の民話12),石塚尊俊、岡義重、小汀松之進,未来社,1958年09月15日,原題「二十原の椿」,原話「郷土の光」
場所について富田城跡(小那姫のいたお城)
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地図:富田城跡(小那姫のいたお城)
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※掲載情報は 2011/11/12 21:56 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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mitsuzakura  投稿日時 2011/12/10 19:18
実際に行ってないのですが、車で訪問する際は、地図上でちょっと北になりますが、道の駅広瀬富田城もしくは歴史資料館を目印にするとよいかと。月山入口が近くにあります。

月山富田城は山陰の有名な山城です。元々は尼子氏の居城でしたが、毛利氏と争って滅ぼされました。その後、関ヶ原の戦いで毛利氏は領地を減らされます。そこに入って来たのが堀尾氏です。

月山富田城では統治に不便なので堀尾氏は新たに松江城を築きます。なので、堀尾氏が富田城に居た期間は限られます。大体いつ頃のお話なのか特定できます。

余談。
いいお話なので訪ねてみたいのですが、同じ島根でも100キロ以上離れているので実現できていません。

月山富田城の3キロほど北に足立美術館があります。日本庭園で有名な美術館でお勧めです。
mitsuzakura  投稿日時 2011/11/2 21:07
「二十原の椿」は「岡義重(未来社刊)より」と出典クレジットされています。

「出雲の民話 日本の民話12」(石塚尊俊, 岡義重, 小汀松之進/共編, 未来社, 1958)

島根県安来市広瀬町の伝説です。広瀬町の月山富田城でのお話。
小那姫(こなひめ)は富田城主・堀尾吉晴の娘ですが病に冒されています。

二十原(はたちばら)は地図で確認できませんが、ネットで調べると広瀬町菅原の廿原堤神社が劇中で「二十原さん」と呼ばれる神社のようです。ちなみに後に堀尾氏は富田城から松江城へ移ります。

病に絶望し命を自ら断った小那姫(kona_princess)
http://homepage2.nifty.com/matsue-jo/contents2sub9.html

富田城跡は  緯度: 35.360829 経度: 133.185067
廿原堤神社は 緯度: 35.353916 経度: 133.16494

偕成社「島根県の民話」にも「小那姫ツバキ」のタイトルで収録されています。
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