No.0508
すまきじぞう
すまき地蔵

放送回:0319-B  放送日:1981年12月12日(昭和56年12月12日)
演出:なべしまよしつぐ  文芸:久貴千賀子  美術:小関俊之  作画:なべしまよしつぐ
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あらすじ

昔、越後の山あいの川を、簀巻き(すまき)にされたお地蔵様が流れてきた。このお地蔵様は、肥やし桶(こやしおけ、肥料のための糞が入った桶)を担いで前を通ると、必ず桶がひっくり返る、という訳有りだった。

お地蔵様は、最初に竹の茂る村に流れ着いたが、村人たちは「そんな厄介者はお断りだ」と、竹竿で突き戻し再び川に流してしまった。またまた川に流されたお地蔵様は、もっと下流の貧しい村に流れ着いた。しかしこの村では、厄介なお地蔵様だと知っても、大切にお祀りする事にした。

その夜、お地蔵様の歓迎会を開いた際に、村の若者がお地蔵さんの腕をうっかり折ってしまった。もしや罰が当たるのではないかと心配しながら、村人たちは仏具師に修理をお願いした。腕の折れたお地蔵様を見た仏具師は、昨夜このお地蔵様が夢枕に立ち、腕を治してくれるようにお願いされたと言い、修理を快諾してくれた。この話を聞いた村人たちは、きっと徳の高いお地蔵様に違いないと、もっと立派なお堂を建ててありがたく安置することにした。

それからこの貧しい村は、災いも無くなり作物は良く採れ、豊かな村になった。一方、竹の茂る村は、竹がすっかり枯れてしまい、竹は全く育たなくなった。

(紅子 2011-9-8 1:34)


ナレーション常田富士男
出典(表記なし)
DVD情報DVD-BOX第3集(DVD第12巻)
場所について越後国
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追加情報
講談社の300より書籍によると「福井県のお話」
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※掲載情報は 2011/9/8 1:34 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
6件表示 (全6件)
ゲスト  投稿日時 2015/11/30 17:39
中神の神さん(奥越前の昔話)
むかしむかし、いつごろかわからんけど大昔、下打波の中神の草分けで、平兵衛っちうもんがおった。
大雨の降ったある時、平兵衛は「にごりがき」ちゅうて、濁り水の時に、大きな網で、魚をすくいに行ったんやと。
いつもはよう魚が捕れるのに、その日はあんまりとれなんだ。平兵衛さんは一所懸命すくっていたら、そのうちに一尺程の川木(かわもく)が網にかかったんやと。「なんじゃ、こんなもん」そう思うて平兵衛さんはその川木を川へ投げ返したそうや。そして川上へのぼって網を入れていたら、又さっきと同じ川木が網に入って来たそうな。「不思議な事があるもんやなー。」そう思ってよく見るとそれはなんと仏像やったと。驚いた平兵衛さんは、「どこから流れてござったか知らんが、もったいなや。」と、魚捕りをやめて家へ持って帰ったそうや。そして平兵衛さんは、自分の家のかもいにあげて祀ったそうな。
それからというものは、平兵衛さんの家は五穀がよう取れて、たいへん栄えたそうや。
いつの頃からか、その仏像は穀蔵菩薩と呼ばれるようになり、何代かあとには祠を作り村中で祀るようになった。お祭りの日を二月十三日と決め、その日は平兵衛さんの家いっぱいになるほど村中の人が集まり踊り明かしたそうや。
その神様は、今も村の神様として平兵衛さんの子孫の中神家に祀ってあるんにゃ。御神体の手が折れて添(そえ)がしてあるが、それは平兵衛さんが川へ投げた時、折れたもんやといわれている。
語り 勝矢 一政(下打波) ・ 調査 幅口 隆一
http://www.geocities.jp/bbqxy084/onosi_kankou_map/minwa/mukasibanasi6.html#6-40
ゲスト  投稿日時 2015/11/30 17:19
荒島権現さま
鬼谷川に沿って山へ登っていくと、荒島岳の中腹辺りに荒島神社があり、そこには権現様が祀られていたのですが、ある時大水が出て神社は流され、その時権現さんの御神体も流されてしまい、流れ流れて堂本の河原にかかっていたということです。
堂本の人は、そんなあらたかな御神体とも知らず流木と思い、胴の下を切って馬を洗う桶にしていたそうです。御神体を探し尋ねていた人達は、とうとう堂本にあることが分かったときはすでに遅く、たらいになってしまっていたので、頭の部分をもらい受け佐開の神社にお祀りをしました。これが現在も佐開の神社の左側にサマ戸に入り安置されています。
堂本の部落名は、御神体の胴元から生じたとも言われています。一方、荒島神社の跡は平地で蛇の巣となり、昔、釣鐘が沈んだという「カネヤシキ」の所は名前はありますが、草木が生い茂り、神社跡の名残りは全然見られません。
語り 山内 清作 ・ 調査 関 哲樹
http://www.geocities.jp/bbqxy084/onosi_kankou_map/minwa/mukasibanasi6.html#6-15
ゲスト  投稿日時 2015/11/30 17:10
矢村の氏神さん(奥越前の昔話)
むかし、代官様が検地の縄入れに矢村へ来られました。ちょうどお宮の下辺りまで来られた時。不意に馬が暴れてお殿様はふり落とされてしまいました。そこでこれはきっと神様にさわったのではないのかと、どこかに神様がおられるだろうと辺りの藪の中をさがしました。すると小さなお堂があり神様を出して地面に投げつけたのだそうです。そしたら神様の小さな手が折れてしまいました。村人はもったいない事だとそれを修理して神社を建て祀りしました。これが矢村の氏神として今も大事にされています。
調査 小林 利右ヱ門
http://www.geocities.jp/bbqxy084/onosi_kankou_map/minwa/mukasibanasi6.html#6-29
ゲスト  投稿日時 2015/11/30 16:27
流れ地蔵のはなし(奈良県磯城郡田原本町)
七月は子供達にとって楽しい月です。夏休みをひかえた十六日は「ごうしんさん」(太神宮)の日です。そして二十三日・二十四日はお地蔵さんの日です。お供えのお菓子をもらって、子供達ははしゃぎまわります。ではこれから、そのお地蔵さんの話をしましょう。
松本の松本寺の前に、浮き彫りの石地蔵が祠られています。背丈は138cmで鎌倉時代の作といわれています。
このお地蔵さんは、松本の西側を流れる曽我川を流れて来た地蔵さんと伝えられ、「松本の流れ地蔵」と呼ばれて信仰を集めています。
仏教では、私たちがいま住んでいるところ(現世(げんせ))を「此岸(しがん)」といい、人が死んでから行くところ(後世(こうせ))を「彼岸(ひがん)」といいますが、松本の地蔵さんは、人間が死ぬと川向こうの岸へ、すなわち此岸から彼岸へ、その人を乗せて渡してくれる仏といわれています。こうした仏教の教えから、流れ地蔵の話が生まれたものと思われます。背中にある舟形光背(ふながたこうはい)も、こうした話の生まれる理由にもなったのでしょう。
昭和六十年八月に、新しく地蔵堂が立て替えられて、今は他の石仏とともに祀られています。
松本の地蔵盆は毎年八月二十四日に行われます。各家からお米を集めて粉にし、それをダンゴにして供えます。中米(ちゅうまい)や小米(こごめ)の多かった昔は、これらを唐白(からす)をふんで粉にしダンゴをつくりました。夏はモチに比べて日もちがよいこともあって、今も受け継がれています。
松本では隣組を「地蔵組」と呼び、一組二十軒で組織されていて、地蔵を中心とした村の仕組みをみても、流れ地蔵によせる村人の心がうかがえます。 地蔵はインドでは神であり、中国ではこの世と冥界(めいかい)の間の無仏の世界で、衆生(しゅじょう)を救う仏であり、我が国に伝わると、地獄から衆生を救う仏となり、これが民間が流布(いふ)すると、この世の利益を授け、悩みを救う存在にまで変化しました。たとえば、安産や育児に関する子安地蔵・身代わり地蔵・水子地蔵・子守地蔵のほか、ホウソウ地蔵、延命地蔵、笠地蔵などきりがありません。八尾では雨地蔵といい、雨ごいの仏にもなっています。
町内の地蔵盆はほとんどが七月ですが、松本のように八月に行うところも一部にあります。
またこのころは「ナス観音ウリ地蔵」といって、昔は花が咲いてから採りごろ(ナスは十七・八日ごろ、ウリは二十三・四日ごろ)の目安にしていました。
http://www.town.tawaramoto.nara.jp/03_sightseeing/story/legend_03.html
ゲスト  投稿日時 2015/11/30 16:12
簀巻き長兵衛 岡山県玉野市の史跡
玉野市史続編に記載されている宇野の伝説です。
江戸時代の終わりに近い頃のことだといわれています。村の女性とのトラブルで村の若者によって簀巻きにされ海に放り込まれたという長兵衛の伝説です。15番札所日輪庵に地蔵として祀られています。毎年7月23日は冥福を祈り盆踊りを行っていました。
玉野市史続編を読んでいると地蔵尊が写されていました。昔話を知らなかったのでまわりの写真と一緒に写していました。
http://taitaiyo.com/modules/webphoto/index.php/photo/786
マルコ  投稿日時 2013/4/8 17:16 | 最終変更
「すまき地蔵」の話を2011年08月08日 TBSラジオ 「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」でやっていたみたいです。
http://higai-kodai-mousou.seesaa.net/article/220612136.html
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