Re: すまき地蔵 類似話

すまき地蔵 についてのコメント&レビュー投稿
昔、越後の山あいの川を、簀巻き(すまき)にされたお地蔵様が流れてきた。このお地蔵様は、肥やし桶(こやしおけ、肥料のための糞が入った桶)を担いで前を通ると、必ず桶がひっく...…全文を見る

Re: すまき地蔵 類似話

投稿者:ゲスト 投稿日時 2015/11/30 16:27
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流れ地蔵のはなし(奈良県磯城郡田原本町)
七月は子供達にとって楽しい月です。夏休みをひかえた十六日は「ごうしんさん」(太神宮)の日です。そして二十三日・二十四日はお地蔵さんの日です。お供えのお菓子をもらって、子供達ははしゃぎまわります。ではこれから、そのお地蔵さんの話をしましょう。
松本の松本寺の前に、浮き彫りの石地蔵が祠られています。背丈は138cmで鎌倉時代の作といわれています。
このお地蔵さんは、松本の西側を流れる曽我川を流れて来た地蔵さんと伝えられ、「松本の流れ地蔵」と呼ばれて信仰を集めています。
仏教では、私たちがいま住んでいるところ(現世(げんせ))を「此岸(しがん)」といい、人が死んでから行くところ(後世(こうせ))を「彼岸(ひがん)」といいますが、松本の地蔵さんは、人間が死ぬと川向こうの岸へ、すなわち此岸から彼岸へ、その人を乗せて渡してくれる仏といわれています。こうした仏教の教えから、流れ地蔵の話が生まれたものと思われます。背中にある舟形光背(ふながたこうはい)も、こうした話の生まれる理由にもなったのでしょう。
昭和六十年八月に、新しく地蔵堂が立て替えられて、今は他の石仏とともに祀られています。
松本の地蔵盆は毎年八月二十四日に行われます。各家からお米を集めて粉にし、それをダンゴにして供えます。中米(ちゅうまい)や小米(こごめ)の多かった昔は、これらを唐白(からす)をふんで粉にしダンゴをつくりました。夏はモチに比べて日もちがよいこともあって、今も受け継がれています。
松本では隣組を「地蔵組」と呼び、一組二十軒で組織されていて、地蔵を中心とした村の仕組みをみても、流れ地蔵によせる村人の心がうかがえます。 地蔵はインドでは神であり、中国ではこの世と冥界(めいかい)の間の無仏の世界で、衆生(しゅじょう)を救う仏であり、我が国に伝わると、地獄から衆生を救う仏となり、これが民間が流布(いふ)すると、この世の利益を授け、悩みを救う存在にまで変化しました。たとえば、安産や育児に関する子安地蔵・身代わり地蔵・水子地蔵・子守地蔵のほか、ホウソウ地蔵、延命地蔵、笠地蔵などきりがありません。八尾では雨地蔵といい、雨ごいの仏にもなっています。
町内の地蔵盆はほとんどが七月ですが、松本のように八月に行うところも一部にあります。
またこのころは「ナス観音ウリ地蔵」といって、昔は花が咲いてから採りごろ(ナスは十七・八日ごろ、ウリは二十三・四日ごろ)の目安にしていました。
http://www.town.tawaramoto.nara.jp/03_sightseeing/story/legend_03.html
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