西洞(にしぼら) (廃村)
所在:山県市柿野(かきの)
形態:谷沿いに家屋が並ぶ
板取(いたどり)川の支流、柿野(かきの)川上流(西洞谷)に沿う。
明治初年には47軒。柿野小学校西洞分校があり、主な生業に炭焼きや蒟蒻芋作りなどをして生活していた。明治年間には殆ど家の移動はなかったが、大正年間に7軒の移住がある。昭和に入ってからの移住は、浜松市へ6軒、滋賀県へ3軒。昭和40年代には8軒となる。
分校の児童数も大正13年22名、昭和43年2名。44年休校、45年廃校。最後に残った7戸の家は、町の指導により大字富永(とみなが)へ集団移住。(町史)
中心部には「西洞の人家分布図」の碑(写真。平成7.10建立。おそらく大正の移住が始まる前)があり、これによると上流より峠・戸立・桑平・中心部・坂下・洞・シケ洞の地域に分かれる。
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/21.Gifu/Miyama_Nishibora.html