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No.0816
さんごうめしよんごうだご
三合めし四合だご
高ヒット
放送回:0513-B  放送日:1985年09月14日(昭和60年09月14日)
演出:前田康成  文芸:沖島勲  美術:門屋達郎  作画:前田康成
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あらすじ

昔、宮崎のある村に、いつも腹をすかせている大喰らいの男がいました。

この男は、いつも「ひだりぃのぉ」と言っていたので、村人たちは「ひだりぃどん」と呼んでいました。ひだりぃとはこの地方では「腹がひもじい」という意味です。この頃の百姓たちは作った米を全部お侍に取られてしまい、いつもひもじい思いをしていました。

ある時、ひだりぃどんが夜中にこっそりクワを持って出かけている事が、村中で噂になりました。実はひだりぃどんは、誰も来ない山の中に秘密の田んぼ「隠し田」を作っていたのでした。隠し田の事がお上(おかみ)にばれると、田は取られ打ち首になる程の重大な犯罪でした。

やがて秋になり、ひだりぃどんは隠し田から一升ほどの米を収穫しました。そして真夜中にこの米を炊いて、夢にまで見た米の飯を腹いっぱい食べました。ところがあくる日、隣の人がひだりぃどんの家の中を覗いてみると、ひだりぃどんはニカっと笑ったまま死んでいました。

村人たちは「急に腹いっぱい食べたから死んでしまったのだろう」と、可哀そうに思い、ひだりぃどんを隠し田のほとりに葬ってあげました。そして毎年、この隠し田で稲を作って米を炊き、お墓に供えてあげました。

人が一度に食べられる米の量は「一合雑炊、ニ合粥、三合飯、四合ダゴ」と言い、「雑炊なら一合、粥ならニ合、飯なら三合、団子なら四合」と、昔から言われています。

(紅子 2012-8-9 2:16)


ナレーション市原悦子
出典大津貞子「宮崎県の民話」(偕成社刊)より
出典詳細宮崎県の民話(ふるさとの民話23),日本児童文学者協会,偕成社,1981年3月,原題「三合めし四合だご」,採録地「宮崎市」,再話「大津貞子」
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※掲載情報は 2012/8/9 2:16 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
6件表示 (全6件)
猫  投稿日時 2021/5/23 22:55
悲しいお話ですが、とてもためになるお話だと思います。この時代の日本と今の日本とでは、物事に対する価値観も違い、今の日本はとても豊かな国になったと思います。
先日、我が家のお風呂が壊れて、シャワーが出なくなってしまいました。仕方なく、シャワーの横にある、カラン(蛇口)からお湯を出して入浴しています。カランは、シャワーと違って勢いも弱く、また位置が低いにも関わらずシャワーの様に手で動かして体にお湯をかけることができないので、いくら5月とはいえとても寒いですし、とにかく不便です。
ですが、体を洗い温かい湯船に入ったとき、冷え切っていた体がいっきに温まり、ほんとにささいなことながらとても幸せな気持ちになりました。このお話に出てくる「ひだりぃどん」もこんな風に幸せな気持ちに包まれて最期をむかえられたのかな…と感じました。また、普段のシャワーのシステムに慣れていた私は、とても不便に感じましたが、水を汲むにも井戸から水を汲み上げていた昔の人にとっては、蛇口をひねっただけでお湯が出てきて、お湯の温度もボタンひとつで調整できるというのは、当時では考えられないほど活気的なものでしょう。それを思うと、蛇口のお湯でお風呂に入ることも、あまり不便と感じなくなりました。今の日本は、当時に比べていくらか豊かになったため、食品ロスや地球温暖化など、当時にはなかった問題も多くあります。また、コロナの影響で時代はまた大きく変わろうとしています。21世紀、先が見えないコロナ禍の中、日本昔ばなしから学ぶことはとても多いと感じます。
アザヴ  投稿日時 2018/12/17 22:21
ひだりぃどんの死因はリフィーディング症候群かも
まつばら まなぶ  投稿日時 2017/6/27 7:24
 ひだりぃどんは死を覚悟して、自分の夢「腹いっぱい飯が食べたい」を自分のできる範囲で精いっぱい努力してかなえた。
 その夢の実現した先が死であっても、本当に幸せだったのだろう。
 そのひだりぃどんをやさしく見守り、隠し田のほとりに葬り、毎年隠し田で米を作りひだりぃどんのお墓にお供えする村人たちにも感動する。
 自主独立の精神とそれを支えた村人、これからの社会を考えるうえでいろいろと考えさせられる話だと思いました。
ゲスト  投稿日時 2017/3/5 5:16
ご飯を食べれることの幸せを感じれる作品
ゲスト  投稿日時 2014/10/13 22:37
最後の方にはある種の狂気すら感じるお話だった
餓えや白い飯を腹いっぱい食べるということへの憧れがどれだけ凄まじいか、その一端(本当に一端でしか無い)が垣間見える気がする
パンチョ  投稿日時 2012/9/13 0:49
最初この話見た時は、ひだりぃどんの死に様にビビッて、
「これ、怖い話だな・・・。」という印象しか受けなかった。

しかし、大人になった今、こうして見てみると、色々考えさせられるこのお話。
いかに自分が恵まれた時代に生まれたかと痛感させられる。
昔は白いご飯がごちそうだったんだね。
考えてみれば、殿様だって白いご飯を毎日お腹いっぱい食べていたわけじゃないだろう。
一般人ならなおさらだ。ひだりぃどんのような一般人は、お腹いっぱいご飯を食べる機会なんてそうそう無かっただろう。ひだりぃどんもそうだが、昔の人はきっと、みんなひだるかったに違いない。

腹減った時に好きなだけ、お腹いっぱい食べられる事はホント幸せな事なんだと思う。
現代じゃあたりまえ過ぎて忘れがちだけれども。

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