むかし、「生き飽きた、生き飽きた、誰でもいいから殺されたい」と言いながら、諸国を渡り歩く男がおった。この男、「俺は南部のイキアキだ」と書いた札を下げており、男が東北の生まれだということと、『イキアキ』と名乗っていることだけが知られておった。イキアキは天下をのさばって歩き、多くの者と戦ったが、誰にも殺されることはなかった。
ある時、南部の西、秋田の国の『ブンバイ』という剣の達人がイキアキの噂を聞きつけ、道場の前に高札を立てた。高札には『南部のイキアキよ、秋田のブンバイがお前を殺してやる』と書かれておった。するとまもなくイキアキがやって来た。天下無双を争って、イキアキとブンバイは河原で勝負をつけることになった。
ブンバイは長い刀を、イキアキは火のついた燃え木を、それぞれ構えた。イキアキは「生き飽きた!生き飽きた!」と念仏を唱えながら、次から次へと燃え木をブンバイに投げつけはじめた。ブンバイは目にも止まらぬ速さでそれを切り払う。
二人の強さは互角で、お互いまったく付け入る隙がない。だが、日が暮れる頃、徐々にブンバイに疲れが見え始めた。あっと思った瞬間、イキアキが投げた燃え木がブンバイの眉間に直撃し、ブンバイは河原に倒れ、そのまま息が絶えてしもうたそうな。じゃが、その時にはもう、イキアキの全身にも燃え木の火が燃え移っておった。火達磨になったイキアキは川に飛び込もうとしたが遅かった。とうとうブンバイと同じく、この河原でこと切れてしもうた。
こうして天下無双を誇った剣豪ブンバイも、長い間念仏を唱つづけたイキアキも、南部の西は秋田の河原で死んでしもうた。勇壮、豪胆な二人の豪傑の死じゃった。
そうしてこの勝負を見届けた野良犬だけが、家族のもとへ帰っていった。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-5-27 15:11 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 瀬川拓男(角川書店刊)より |
出典詳細 | 乱世に生きる(日本の民話08),瀬川拓男,角川書店,1973年2年10日,原題「イキアキとブンバイ」,伝承地「岩手県」 |
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