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No.0726
おんたけいけとおとのさま
おんたけ池とお殿様
高ヒット
放送回:0456-A  放送日:1984年08月11日(昭和59年08月11日)
演出:しもゆきこ  文芸:沖島勲  美術:しもゆきこ  作画:今村春美
愛知県 ) 23584hit
あらすじ

昔、三河の国の岡崎のあたりに「おんたけ池」という池があり、旅人達や近所の人たちの憩いの場所になっていました。

ある暑い夏の日の事、吉田のお殿様ご一行が岡崎へ行く途中、おんたけ池のそばを通りかかりました。お殿様は、すっかりこの暑さにまいっていたので、自分も一休みすることにしました。

くつろいでいる旅人達の真似をして、池に足をつけたり湧水を飲んだり、裸足で走り回ったりと大はしゃぎしました。やがて夏の短い雨に降られ、大木の下で雨宿りをしながら、諸国を回る商人たちから楽しい話を聞くなどしました。

おんたけ池で楽しく過ごしたお殿様は、雨が上がると岡崎の城へ向けて出発しました。カゴの中で、鼻ちょうちんを膨らましながらいい気分で眠っていたお殿様が、何気に鼻をこすった際に、これまで忌々しく思っていた鼻の上の大きなイボがポロリと取れました。

イボが取れて大喜びしたお殿様は、これもおんたけ池の清水のおかげだとありがたがって、池のほとりにお宮さんを建て、毎年、酒樽をお供えするようになりました。おんたけ池は、それからもずっと人々の憩いの場所としてにぎわいました。

(紅子 2012-3-9 17:47)


ナレーション常田富士男
出典愛知県
DVD情報DVD-BOX第4集(DVD第18巻)
場所について岡崎市上地町の上地若宮公園(御嶽池跡?)
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地図:岡崎市上地町の上地若宮公園(御嶽池跡?)
追加情報
本の情報講談社テレビ名作えほん第085巻(発刊日:1987年9月)
講談社の300より書籍によると「愛知県のお話」
このお話の評価7.7727 7.77 (投票数 22) ⇒投票する
※掲載情報は 2012/3/9 17:47 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
8件表示 (全8件)
まゆぽん  投稿日時 2021/3/10 13:58
こんにちは!
この話の中で、お殿様と子どもたちが、草を弓矢のように使って遊ぶ場面があって、みんな楽しそうだったのをすごく覚えています…。

あと、イボが取れた時のお殿様の喜びようが良かった!
匿名希望  投稿日時 2017/10/8 16:07
夏にピッタリの癒し系の昔ばなしだね!
ゲスト  投稿日時 2016/4/1 20:38
昔話を動画で見たいです
ゲスト  投稿日時 2016/3/29 13:43 | 最終変更
=古道街道について=
岡崎の殿様の下屋敷があった貴船神社あたりから、
小字の境界上にあった古道を土呂八幡宮へ辿ってみると、
上地若宮公園(御嶽池跡)の横を過ぎて行きます。
古道は土呂八幡宮手前で、本宗寺、浄専寺を通ります。
御嶽池前の古道は、古来より人の往来の多かったと推察出来ます。

わが街 岡崎 / 土呂界隈
http://www.geocities.jp/shanehp_tabi1/Travel/Japan/WagamachiOkazaki/Toro.html

__
おんたけ池の場所を現在の上地若宮公園(御嶽池跡)にマッピングしました。ご報告ありがとうございました。(2016/3/29)
ゲスト  投稿日時 2016/3/29 12:48
上地学区の最近
上地八景の今や地域の雰囲気が写真で紹介されています。
http://ueji100machi.jimdo.com/上地学区の最近/
ゲスト  投稿日時 2016/3/29 12:20
福岡町(ふくおかちょう)
は愛知県岡崎市役所岡崎支所管内の町名である。

江戸時代中期頃までは、現在の福岡小辺りから幸田町の坂崎辺りまで「菱池」という湖があり、矢作川が大きく菱池の方に曲がり、岡崎城下と三河湾が繋がっていたため、船の行き来が多かったという。

町内は高低差が大きく、最高で海抜33m、最低で7mである。海抜33mの場所は御坊山と呼ばれる丘で、南側を見れば福岡町や幸田町が見える。北側を見れば岡崎市南部が見える。よく晴れた日には岡崎城大手門近くの高層マンションや御嶽山まで見える。 反対に海抜7mと言われる場所は『幡豆山地』の『羽角山』の麓に近く、田園地帯である。『概要』の欄に書いてあるとおり、もともと湖であったため、地盤がとても緩く大地震でも起きれば、液状化に見舞われるであろう。

御嶽池(若宮池)跡 - 現在は「上地若宮公園」として整備されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%94%BA_(%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%B8%82)
ゲスト  投稿日時 2016/3/29 12:08
上地の字名のいわれ
若松東、上地になる前の「字名」のいわれです。
http://ueji100machi.jimdo.com/ふるさと上地/上地の字名のいわれ/

下屋敷(しもやしき)・・・岡崎のお殿様がくつろぐ場所

とあります。
上地地区で休憩する下屋敷があったようです。
ゲスト  投稿日時 2016/3/29 11:41
上地(うえじ)
は愛知県岡崎市岡崎地区の町丁。
上地1~6丁目と
上地町小字
字赤菱(あかびし)字荒井(あらい)字大池(おおいけ)字貝口(かいぐち)字久後原(くごはら)
字下丸池(しもまるいけ)字下屋敷(しもやしき)字新佐原(しんざわら)
字上明寺(じょうみょうじ)字道ノ後(どうのうしろ)字中阿原(なかあわら)字中野(なかの)
字西田(にしだ)字宝六(ほうろく)字棒振(ぼうふり)字前阿原(まえあわら)
字馬出し(まだし)字丸根(まるね)字宮脇(みやわき)字向山(むかいやま)字薬師(やくし)

額田郡上地村を前身とする。
江戸時代、上地村は 三河吉田藩 に、 大谷村は 旗本領 に属していた。
明治8年(1875年)大谷村が上地村に合併し、上地村となる。
明治22年(1889年)10月1日 - 町村制の施行により、福岡村、上地村 は合併し、福岡村となる。
上地村は廃止。
1955年(昭和30年)2月1日 - 岡崎市に合併して額田郡福岡町 (愛知県)を廃止。

湖沼:大谷下池 大谷池 奥山田池
公園:矢崎公園 大谷公園 善十林公園 前田公園 多久後公園 じぞう公園
史跡:上矢崎古窯跡 下矢崎古窯跡 堤ヶ入古窯跡 堤ヶ入古墳 上地向山古墳
神社:上地八幡宮
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%9C%B0_(%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%B8%82)
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