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No.0591
にどなりのくり
二度なりの栗

放送回:0371-A  放送日:1982年12月11日(昭和57年12月11日)
演出:大竹伸一  文芸:平見修二  美術:門屋達郎  作画:大竹伸一
岩手県 ) 15473hit
あらすじ

むかし、ある山奥に、炭焼きの親子が小屋を作って、一年中炭を作って暮らしておりました。

ある時、この父親が病気になってしまいました。せがれは意を決して、「薬の木」があるという御前淵(ごぜんぶち)に向かう事にしました。しかし、これまで淵へ向かった者は一人も帰ってこず、災害が起こる前には淵の方からドンドンドンドンと大きな音がするので、淵には近寄ってはならぬと言われていました。

ようやくたどり着いた御前淵には、一本の木が生えていました。せがれが、斧で枝を切ろうとすると、淵の中から光が出てきて淵に引きずりこまれてしまいました。気づいたところは、水の中ではなく不思議な世界。せがれは、極楽に来てしまったのかと歩いていると巨大な太鼓が現れ、その先の滝の傍に美しい女が座っていました。

せがれは父親が病気になってしまったので、なんとか薬の木をひと枝欲しいと頼みました。女は「ならぬ」の一点張りでしたが、せがれの必死の頼みから「お前の心に免じてこの栗を二つやる。ひとつは病気の父親に粉にして飲ませ、もうひとつは里に植えてやるがよい」

せがれが「貴女様は一体…」と尋ねると、女は「私はお前の里を見守っている者。里に災いが降りかかるような時にはそこの太鼓を使って知らせているのだ。」そう言って、女はふっと消えてしまいました。

家に戻ったせがれは、言われたとおり栗を一つ煎じて父親に飲ませると父親の病は治ってしまいました。残ったもうひとつの栗を庭に植えてみると、すぐに芽を出してぐんぐん成長し、1年のうちに高くそびえる立派な栗の木に成長しました。

この栗は煎じて飲むとどんな病気もたちどころに治り、さらに1年に2回も実をつけるので「二度なりの栗」と呼ばれるようになり、大切に扱われるようになりました。

それから、御前淵の方で太鼓のような音がすると災いの起こる前触れとして、里の者はよく備えるようになったので、大きな被害が里に起こることはなくみな幸せに暮らしたということです。

(投稿者: もみじ 投稿日時 2012-8-5 23:27 )


ナレーション市原悦子
出典岩手県
DVD情報DVD-BOX第10集(DVD第49巻)
場所について紫波郡紫波町彦部の機織館山(伝説の淵はこの辺りか?)
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地図:紫波郡紫波町彦部の機織館山(伝説の淵はこの辺りか?)
追加情報
本の情報講談社テレビ名作えほん第088巻(発刊日:1987年11月)
講談社の300より書籍によると「岩手県のお話」
このお話の評価8.4286 8.43 (投票数 7) ⇒投票する
※掲載情報は 2012/8/6 0:03 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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Perenna  投稿日時 2021/11/2 23:13
この昔話は「日本の伝説42・岩手の伝説」に紹介されていました。
「横川目駅の南側を西方に行くと、大字岩崎山口に至る。
山口の里を貫流する和賀川に、貝殻淵というところがある。淵には、崖石が屏風のように切り立っており、貝殻が出るので、この名がある。またこの淵の下流には「ご前淵」という淵もある。ここには、いわゆる「黄金の斧」の伝説がある。斧を淵に落とした樵夫が、正直なるが故に黄金の斧を得、一年に二度も実がなる数粒の栗をもらって帰るという筋だ。樵夫は、持ち帰った栗を和賀の殿様に献上する。これが「和賀の二度栗」として近辺の評判になった。今もその木がどこかにあるというが、所在はさだかではない。」

また、大正8年に出版された「和賀郡誌」によると、次のように書かれています。(コマ番号125/171)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960897/121?tocOpened=1

「苔梅(古木)
大字山口、田代高橋伊三郎宅にあり。十数代前の主人某和賀川御前淵の崖上にて桜の木を伐らんとせしに、誤って鉈を水中に落し、とらんとして淵中に入り龍宮に至る。帰るに及び其記念として苔梅及び二度なりの栗の種を得、梅は此地に、二度なりの栗は二子城の辺に移し植ゑしなりといふ。」

和賀郡大字岩崎山口は、現在の地名では北上市和賀町山口となっています。

以前、御前淵の所在は紫波郡紫波町彦部であると、誤って情報提供してしまいました。
「岩手の伝説」で紹介されている和賀郡の御前淵のほうが、どうやら正しい場所らしく思われます。
お手数をおかけしますが、地図の訂正をお願いいたします。
Perenna  投稿日時 2019/1/20 19:27 | 最終変更
「御前淵」で調べてみたところ、大正10年に出版された「彦部村誌」に出ていました。(コマ番号152/189)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960775/152

「御前淵は大字彦部機織館址の東麓彦部川筋なる深淵之なり当機織館主は斯波氏の滅亡と共に亡ふるに際し館主彦部新左衛門尉の妻(地方御前と云ふ)此の淵に投じて死せり依て此の名ありと淵は常に波紋をゑがきて碧潭底を見ず岸に老松あり枝を垂れて淵面を覆ふ人をして幽怪を感ぜしむ今に至るも漁するものなく水泳するものなし里人旱魃に際しては此の松に幣を捧げて雨請を祈願す」

御前淵に生えていた「薬の木」は松の木で、女神さまは機織館主・彦部新左衛門尉の妻の地方御前という女性だったらしいですね。
彦部村は現在の岩手県紫波郡紫波町彦部です。
__
情報提供ありがとうございました。淵の場所は分かりませんが、機織館山付近にマップを修正しました。(2019/1/31)
ゲスト  投稿日時 2015/9/27 22:53
なんというツンデレ女神様
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