No.0563
うしのみや
牛の宮
高ヒット
放送回:0352-B  放送日:1982年07月31日(昭和57年07月31日)
演出:前田康成  文芸:久貴千賀子  美術:西村邦子  作画:前田康成
奈良県 ) 30738hit
あらすじ

奈良に近い小さな村に、政吉(まさきち)という男の子がおりました。政吉のお父さんが病気で働けなくなってから、たいそう貧しい暮らしをしておりました。

まだ遊びたい盛りの政吉でしたが、隣村の名主さんの家に六年の奉公に出ることになりました。名主さんの家に行く途中、「もう遊んでいる暇はないから」と、政吉の宝物だったおもちゃの黒牛を、丘の上の木の洞(木の穴)にそっと隠しました。政吉は朝から晩まで骨惜しみせず働くので、名主さんや奉公人にもかわいがられ、楽しく暮らしていました。

ところが、政吉が奉公に来て三年目に、裏山の柿の木から落ちて死んでしまいました。名主さんは残りの三年分の借金は帳消しにしてあげると、政吉の両親に告げたが、政吉の両親はそれでは気の毒だと思っていました。その夜、母の夢に政吉が出て「おらの代わりに黒牛が働くから」と言った。

次の日、名主さんの家に黒牛が現れ、木の洞に隠してあったおもちゃの黒牛はなくなっていました。黒牛は、他の牛の何倍も働く本当に良い牛で、名主さんからもかわいがられました。黒牛が来て三年の月日がたち、本来であれば政吉の年季明けの日となりました。その朝、働き者の黒牛は名主さんの家から姿を消し、木の洞からはおもちゃの黒牛が見つかりました。

名主さんは、その丘の上に小さな塚(つか)を建て、黒牛の霊を弔いました。その塚は「牛の宮」と呼ばれて、今も残されているという事です。

(紅子 2011-5-30 20:26


参考URL(1)
http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/e/3ca51ab9e353c9d55a37a89c2f810fde
ナレーション市原悦子
出典奈良県
DVD情報DVD-BOX第9集(DVD第43巻)
場所について牛の宮
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このページを印刷
地図:牛の宮
追加情報
本の情報講談社テレビ名作えほん第043巻(発刊日:1981年3月)
講談社の300より書籍によると「奈良県のお話」
このお話の評価9.3043 9.30 (投票数 23) ⇒投票する
※掲載情報は 2011/5/30 20:26 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
お話の移動 ( 16  件):   <前  1 ..  5  6  7  8  9  10  11  .. 16  次>  
コメント一覧
4件表示 (全4件)
Perenna  投稿日時 2021/12/7 22:42
この昔話は「ふるさとの民話14・奈良県の民話」にも収録されています。
「かなしい牛の宮」〈伝説・大和郡山市〉という題です。
「大和の郡山の南のはずれに、池之内という村があんね。この村のわきに、人びとが〈牛の宮〉とよんでいる小さな塚がある。墓とか、碑などとよべるおおげさなものやのうて、田んぼの中で、うっかり見おとしてしまいそうな土まんじゅうなんよ。」という書き出しで始まっています。
主人公の名前は、政吉ではなく三吉となっていて、「東北地方から、口べらしもかねて、大和へ年季奉公にきやされた。」と書かれています。
黒牛の葬られた塚は〈牛の宮〉とか〈塚宮〉と呼ばれて、毎年五月五日には、三吉が好きだったソラマメあんこの〈しんこ〉を子どもたちに食べさせる祭りを続けているそうです。
アニメの話は偕成社の民話とは少しちがうので、べつの出典があるのかもしれませんね。
taneugene934  投稿日時 2021/10/11 19:55
柿の枝が落ちて死んだ少年の悲惨な悲しみ。そして今まで、私は霊の少年が玩具の牛が彼らを助けるための素晴らしいポイントを持っていると信じています。
おんみ  投稿日時 2016/12/19 23:18
牛の宮に行って来ました。
一角だけ、森っぽくなっていてフェンスで囲まれている場所にポツンと
「牛の宮」って書いたお墓みたいな石碑が立っていました。

生憎…草がボウボウとしていたので、
「牛の」しか見えなかったです。

奈良県の親切な人に
場所が分からなくて困っていた所を助けて頂きました。
ありがとうございました。
匿名希望  投稿日時 2014/2/25 11:14
黒牛超カワイイ~!
投稿ツリー
4件表示 (全4件)
現地関連情報
出典本調査 facebook
Twitter

オンライン状況

32 人のユーザが現在オンラインです。 (22 人のユーザが お話データベース を参照しています。)

新着コメント(コメント24件)