No.0527
いわて
岩手
高ヒット
放送回:0330-B  放送日:1982年02月27日(昭和57年02月27日)
演出:小口稔  文芸:境のぶひろ  美術:門屋達郎  作画:門屋達郎
写真あり / 岩手県 ) 22955hit
あらすじ

昔々のそのまた昔、岩手県あたりの国がまだ出来上がっていなかった頃の、遠い昔の話です。この辺りに「三つ石の神」が住むようになり、気にいった三つの石の上でそのまま深い眠りにつきました。長い眠りの間に、草や木が生え土が積もって、とうとう姿が見えなくなりました。

この辺りに住んでいた人間は、動物たちとみんなで仲良く助け合って生きていましたが、ある日一匹の鬼がやってきて、辺り一帯の食べ物を一人占めするようになりました。わがままな鬼に腹をたてた人間と動物たちは、相談し合って鬼に戦いを挑むことにしました。

はじめは、人間の中で気の強い者が鬼退治に向かいましたが、誰ひとり帰って来ませんでした。次に熊が、狼が、鹿が、猿が鬼退治に向かいましたが、誰も帰って来ませんでした。勝ち誇った鬼は、毎日かめいっぱいの生き血を自分の岩屋に届けるようにと、人間と動物たちに命令しました。

鬼の悪行に我慢できない人間を年老いた熊がなだめながら、久しぶりに神さまに拝んでみる事にしました。人間が神さまに向かって手を打つと、寝ぼけ顔の神様がむっくりと起き上がりました。みんなから鬼の事を聞いた神さまは、鬼の岩屋めざしてドカドカと走り出しました。

神さまと鬼との対決が始まるかと思いきや、神さまの不思議な力によって、鬼は宙に浮いてしまいました。鬼は手も足も出す事ができず、神さまの掛け声どおりに可笑しな踊りを踊らされました。さんざん懲らしめられた鬼は、神さまの前で手を付いてこれまでの悪行を詫びました。

鬼はこの土地から永久に立ち退く事を約束し、その証のために神さまの三つ石に大きな手形を残しました。そして、さびしそうな顔をしながら振り返り振り返り、この土地を去っていきました。この岩に残された手形が「岩手」という地名の由来です、災いが二度と来ないというめでたい地名なのです。

(紅子 2012-4-17 0:41)


参考URL(1)
http://www.uchinome.jp/oasis/kyoseki/kyoseki06.html
ナレーション常田富士男
出典岩手県
DVD情報DVD-BOX第8集(DVD第36巻)
現地・関連お話に関する現地関連情報はこちら
場所について盛岡市名須川町2-1 三ッ石神社
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地図:盛岡市名須川町2-1 三ッ石神社
追加情報
本の情報講談社テレビ名作えほん第053巻(発刊日:1983年12月)
講談社の300より書籍によると「岩手県のお話」
このお話の評価6.4286 6.43 (投票数 7) ⇒投票する
※掲載情報は 2012/4/17 0:41 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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Perenna  投稿日時 2019/2/10 21:34
この昔話は、昭和18年に出版された「炉辺夜話:東北の昔ばなし」にも掲載されていました。(コマ番号7/83)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1451358/7?tocOpened=1

「生捕られた羅刹鬼
岩手の由来・岩に残る鬼の手形
今盛岡市の三割は大へん賑やかなところですが、むかし人里うすく昼でさへ暗い程樹が茂つてゐた松坂といふ坂道がありました。こゝに羅刹鬼(蝦夷であると言はれてゐます)と言ふ鬼が出て里人をさらつたり食つたりしてなやましてゐました。
だから里人は日が暮れると一歩も外へは出ないで、びくびくしながら家の中にかくれてゐました。
然し何時までもこうして居るわけにはいかないと言ふので里人はこつそり相談して鬼退治をすることに決めました。
そしてそれは神様のお力でなければうまく行かないと三石神社にお願ひすることになりました。代表者がからだを清め一心になつて三七日の祈願をしたのです。恰度満願の日でした。祈願をこめた甲斐があつてありがたや神様が鬼をしばつて出てお出になりました。それを見た里人はほつと胸をなでおろしました。神様はおごそかに鬼に申し渡しました。
「汝はもうこれから里人を苦しめないと言ふしるしにこの神の岩に手形を押せ、そうしたら汝をゆるしてつかはすぞ」と鬼は大きな手形を岩にのこしてどこかへ逃げてしまいました。これが岩手の名の起りだそうです。
また、その後は全く鬼が出なくなつて里人は安心することが出きました。そして里人はうれしさのあまり神様の前で一日中踊りまはつたと言ひます。この踊りがいまお盆によく見る「参差踊り」の始めだそうです。
(写真)今にのこる盛岡市北山東顕寺後庭の鬼が罪を詫びて岩に押したといふ手形」

アニメでは原始時代の話のように紹介されていましたが、「三七日の祈願」とか「羅刹鬼は蝦夷であると言われている」と書かれているので、仏教が伝来して以後の伝説のような気がします。
鬼の手形は現在の写真をみる限り、残念ながら風化して見分けがつかなくなってしまったようですね。
本に掲載されている昭和18年頃の写真を見ると、指が異様に長い鬼の手形がいくつかはっきりと写っています。
Perenna  投稿日時 2019/1/13 20:40
神さんに戦いを挑まれて鬼が登場し、「さあ、大物と大物との対決だ!天地がひっくり返るかとみんなは息をのんだ!」で、てっきりプロレスが始まると思いきや・・・
笑顔を浮かべた神さんの「あ、チョイチョイチョイ!」では、はっきり言って脱力してしまいますね。(笑)
この「岩手」の名前の由来は時代劇の「水戸黄門」でも、助さん役の里見浩太朗が「岩に鬼が手形を残していったので、それでこのへんは岩手というそうですよ」と解説していたのを思い出します。
たぶん、盛岡藩南部家のお家騒動を扱った「水戸黄門・第14部」ではないかと思います。

ところでついさっき、市原悦子さんの訃報を聞きました。
昨年の常田富士男さんのご逝去に続いてまた一人、すばらしい名優の方を失って、とても残念で悲しくてなりません・・・
常田さんと市原さんのことを思い出しながら、これからも「まんが日本昔ばなし」を見続けていきたいと思っています。
ご冥福をお祈りいたします。

籠目  投稿日時 2013/7/7 20:02
6年ほど前に行って来ました。
盛岡駅から結構歩くんですが、地元の人が案内してくれました。
行ったのが夜だということも有りまして、結構雰囲気があって楽しかったです。
案内してくれた人も仰っていましたが、どこに鬼の手形があるのか分かりませんでした。
風化しているようで残念です。

余談ですが、盛岡は麺都と呼ばれるほど麺に関わりが深く、わんこそば・冷麺・ジャジャ麺の発祥の地として知られています。
観光される際はぜひ召し上がって下さいませ。
beniko  投稿日時 2013/6/15 13:09 | 最終変更
きたやん氏からもらっていた現地写真(鬼の手形石)です。以下、きたやん氏からの説明。

現地の写真を見ていただければ気が付かれるかと思いますが、「三ツ石」なのに石が2つしかありません。 実は2つの石の陰にもう1つあり、鬼の手形は半分だけ見えている奥の方の石の裏側にあるらしいです。 雨風に浸食されたのか、実際に見てもどこが手形なのかさっぱり分かりませんでした。

他サイトから得た情報によると、御祭神は少彦名命(スクナヒコナノミコト)と稲荷大明神のようです。 あまり「三ツ石の神」という雰囲気の神様ではないような???
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