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No.1320
ちからもちろくべえ
力もち六兵衛

放送回:0837-A  放送日:1992年03月28日(平成04年03月28日)
演出:森川信英  文芸:沖島勲  美術:門屋達郎  作画:森川信英
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あらすじ

むかしむかし、越中の小川寺村(おがわじむら)の近くに金持ちの長者がおった。この長者は村人達に五倍の利息で金を貸し、病人も子供からも容赦なく取り立てるという物凄い欲張りじゃった。

ある時、六兵衛という十人力の若者が長者の家にやって来た。長者は、給金は二人前で良いという六兵衛を喜んで雇ったそうじゃ。そうして、六兵衛は毎日休みなく働き、十五日目に給金を要求した。

ところが欲張りな長者は、村から五里離れた温泉まで長者を乗せた籠を一人で担いでいけたら賃金を払うという条件を出したそうじゃ。六兵衛はそれを承知して、一人で籠を担いで出かけた。

やがて、愛本(あいもと)橋という黒部川の断崖絶壁にかかっている橋まで来た時、六兵衛は橋の真ん中でピタリと立ち止まった。そうして、橋の上から長者の乗った籠を谷の方へ差し降ろした。このまま籠を落とされたら命がなくなること請け合いで、長者はぶるぶる震えるばかりじゃった。

六兵衛は「村人達を苦しめる欲張り長者め!このまま谷へ落としてやろうか!」と言いながら籠を揺すり続け、とうとう長者に「これからは二度と村人達を苦しめない。」という約束をさせたそうな。

それから心を入れ替えた長者は村人達に尽くしたので、村人達も大いに助かったということじゃ。

(投稿者:ニャコディ 投稿日時 2014/10/29 14:26) 


ナレーション市原悦子
出典石崎直義(未来社刊)より
出典詳細越中の民話 第二集(日本の民話55),石崎直義,未来社,1974年09月30日,原題「力持の六兵衛と欲張り金持」,採録地「魚津市本江」,話者「広田寿三郎」
場所について愛本橋(越中の小川寺村)
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地図:愛本橋(越中の小川寺村)
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※掲載情報は 2014/10/30 9:23 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2015/12/26 22:11
愛本のウラジロガシ林 : 県・天然記念物 昭和四二年九月二六日指定
黒部市宇奈月町愛本橋爪西(西宮林)
日本アルプス鷲羽岳を源流とする黒部川は、愛本橋付近で堅い岩の層を断ち切って奔流し、これより平野に扇状地をつくって日本海に注いでいる。愛本橋は黒部川扇状地の扇頂にある。
 愛本橋の左岸上流側の断崖にウラジロガシ林がある。断崖を覆うように、ウラジロガシの大木九本が繁茂している様は壮観である。
 ウラジロガシは、葉の裏が著しく粉白色を帯びる暖地性の常緑樹である。ブナ科の植物でどんぐりを着け、樹高は約二〇㍍にもなる。富山県内のウラジロガシ林は、平地から神通峡、片貝谷、宇奈月温泉対岸の遊歩道周辺地などの峡谷内部まで、およそ標高五〇〇㍍の範囲に広く生育している。
 愛本のウラジロガシ林は、峡谷に面して風が強く、かつ岸壁の割れ目に根を張って大木に生長していることで、学術上貴重である。
●富山地方鉄道「愛本駅」下車、徒歩一〇分
http://www.city.kurobe.toyama.jp/guide/svGuideDtl.aspx?prev=1&servno=3320
ゲスト  投稿日時 2015/12/26 19:49
「お光(みつ)伝説」
愛本橋の近くにあった平三郎茶屋の"お光"という可愛い孝行娘が、橋の袂にすむ大蛇に嫁ぎ、蛇の子を生んだことを両親に見られ、持参した「粽(ちまき)」の作り方を両親に伝え、黒部川の川底深くへ姿を隠すという悲しい伝説。

もともとは江戸時代の後期から続く「御影様(ごえさま)」と言われる浄土真宗の行事だそうです。愛本が交通の難所であったため、黒部川を安全に渡れるように祈願するための行事。御影様の日には無病息災を願って愛本名物のちまきを食べるそうです。
下立地区に残る愛本姫社まつり
愛本姫社に到着した大蛇の化身の青年と花嫁、ここで婚礼の儀式が行われました。まずは口上が「古今東西・・・」読み上げられて儀式のスタートです。

愛本橋周辺の大蛇伝説については、宇奈月麦酒館横の「うなづき友学館」で詳しく見ることができますよ(ただし有料なので入館したことありません。)、大蛇の模型も展示されているようです。
http://silverman1022.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ddbf.html
ゲスト  投稿日時 2015/12/26 18:50
西布施村(にしふせむら)は、かつて富山県下新川郡にあった村。
江戸時代、加賀金沢藩領であった。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い下新川郡 小川寺村、蛇田村、長引野新村、長引野又新村、布施爪村、黒沢村、大沢村が合併し、西布施村が発足。
1952年(昭和27年)4月1日 - 下新川郡魚津町、上中島村、下中島村、松倉村、上野方村、下野方村、片貝谷村、加積村、道下村、経田村、天神村と合併し、市制施行して魚津市となり消滅。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B8%83%E6%96%BD%E6%9D%91
araya  投稿日時 2011/12/5 20:41
『越中の民話』(石崎直義,未来社)を確認。富山県魚津市本江での採録で、本来の題名は「力持ち六兵衛と欲張り金持」でした。舞台は小川寺村とのことで、位置的には魚津市東5kmとのことですが、ここはやはり橋の上がよろしいでしょうから、六兵衛が宙ぶらりんにした愛本橋をポインティング。余談ですが、六兵衛のフルネームは十王堂六兵衛だそうです♪

http://g.co/maps/tfgfx

愛本橋 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E6%9C%AC%E6%A9%8B
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