長野と新潟の境を流れる姫川の谷あいに姫川温泉があり、そこから新潟に通じる道を少し行った所に横川と言う山あいの村があった。そして、そこには五郎右衛門という男が家族と一緒に住んでいた。五郎右衛門さんの家には、一匹の猫が飼われており、たいそう大事にされていたそうだ。
ところがある年の秋、この村にひどい流行り病が広がり、どこの家でも誰かが亡くなっていた。中でも一番ひどかったのは五郎右衛門さんの家で、奥さん、子供、おばあさんと次々に亡くなり、とうとう五郎右衛門さんまで亡くなってしまった。
こうして、五郎右衛門さん一家は死に絶えてしまい、猫だけが一匹残された。不憫に思った隣家の甚兵衛さんは、猫にエサを与えるが、猫は食べようとしない。やがて猫はどこかへ行ってしまった。
それから一年くらい経ったある日、裏で猫の鳴き声がするので、甚兵衛さんが行ってみると、猫が五郎右衛門さんの家に戻っていた。猫はどこかで野良猫をしていたらしく、甚兵衛さんが米の飯を与えると、きれいにたいらげてしまった。そして次の年も、猫は五郎右衛門さんを懐かしむかのように、家に戻って来るのだった。
そんなある年の冬の晩、この日はいつになく大雪であった。ここに、ちょうどこの辺りの集落を目指して歩いている旅人がいた。ところが、鳥越峠(とりごえとうげ)に来たところで、吹雪に閉ざされてしまい歩けなくなってしまった。旅人がどうしたものかと思案していると、どこからか一匹の猫が現れ、旅人のもとに擦り寄ってきた。
そして猫は、まるで旅人をふもとの村まで案内するかのように、旅人の前を歩き始めたのだ。旅人は不思議に思いながらも猫の後をついて行った。そして無事にふもとの村の甚兵衛さんの家の前までたどり着いた。
旅人は甚兵衛さんの家に一晩の宿を請い、甚兵衛さんに先ほどの出来事を話して聞かせた。すると甚兵衛さんは言う。「それは五郎右衛門さんのところの猫じゃ。そうか、そうやって山の中で迷う者の道案内をしておったのか」
「しかし、なぜまた猫がそんなことを?」と旅人は聞く。
「あの猫は、五郎右衛門さんのところで可愛がられていたからのう。それで恩返しがしたかったのじゃろう。しかし、今となっては恩返しする相手はいねえ。それで、峠で道に迷っている人間をふもとまで送って、恩返しをしているんじゃねえのかのう」
これを聞いた旅人は、「生き物は大切にするもんじゃのう・・・」とつぶやくように言った。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-8-4 19:12 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 長野県 |
場所について | 長野県北安曇郡小谷村大字北小谷横川 |
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