昔、武蔵の鍛冶久保(かじくぼ)、名栗村という所に一人の木こりが住んでいた。
ある日、この木こりが布渕(ぬのぶち)という滝がある渕の近くで木を切っていたところ、誤って手を滑らせ、持っていた斧を渕に落としてしまった。木こりは慌てて渕に飛び込んだ。すると驚いたことに、木こりの体は渕の底を突き破り、その下に落ちてしまった。
木こりが起き上がって辺りを見回すと、そこには一人の美しい娘が機を織っている。娘に場所を訪ねると、何とそこは竜宮なのだという。そして木こりは、竜宮の奥に案内され、そこで娘とすっかり打ち解けて話に花を咲かせた。そうしている間に夕暮れ時となり、木こりがいとまごいをすると、娘は木こりに一本の糸巻きを渡した。
娘が言うには、何か欲しい物があれば、欲しい物の名前を書いてこの糸巻きに添えれば、何でも願いが叶うのだそうだ。
それからというもの、木こりは何か必要な物があると、欲しい物を短冊に書いて糸巻きに吊るし、渕の近くの岩の上に置いた。すると米、味噌、着物、何であろうと必ず翌日には岩の上に届けられているのだ。
こうして木こりは、暮らし向きも良くなり、あっという間に金持ちになった。すると、「あれは悪いことをしているにちがいない。」、「他人の物を盗んでいるんじゃないか?」などと村人の中にはこれを悪く言う者もいた。
最初のうち、木こりは気にも留めずにいたが、ある日こうした噂にとうとう我慢しきれなくなり、これまでの経緯を全て村人に話してしまった。
これを聞いた村人は、木こりから糸巻きを奪い、ためしにカキの種、梅干しの種、牛の糞などと書いて、糸巻きを渕のそばに置いた。すると次の日、ちゃんとその通りの物が置いてある。
木こりの言った事が本当だとわかり、その夜村人たちはありとあらゆる願い事を書き、山のような短冊を糸巻きに吊るした。ところが、この人間の欲深さに竜宮の姫もさすがに愛想を尽かしたと見えて、次の日渕に行っても何もなかったそうな。そして、その後渕から何かが出て来ることも二度となかったという。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2013-5-13 10:15)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 根津富夫(未来社刊)より |
出典詳細 | 埼玉の民話(日本の民話57),根津富夫,未来社,1975年05月20日,原題「機織渕」,採録地「名栗」,話者「町田憲一郎」 |
場所について | 埼玉県飯能市上名栗の白岩地区 |
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