不思議な石 についてのコメント&レビュー投稿
昔、石川県の池崎と直津との間に横打(よこうち)という畑地があったが、ここに大きな石があった。 ある日、ここをひとりの貧しい旅人が通りかかった。旅人は三日三晩なにも食べて...…全文を見る

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投稿者:hiro 投稿日時 2012/1/8 12:19
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この話はアニメ準拠です。ご希望あればサムネイルも用意できます。
調べてみましたが「いけがき」「たらち」「よこうち」は現在のどこにあたるのかわかりませんでした。
原本(著・清酒時男(日本の民話 21)「加賀・能登の民話」未来社刊)を調べればわかるのかな?
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投稿者:hiro 投稿日時 2012/1/8 12:56
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情報みつかりました!
「石川県」「物貸石」でヒットしました。
それぞれ、(七尾市)池崎、(七尾市)直津、横打(よこうち)でした。
「いけがき」「たらち」は聞き取り違いだったようです。お手数をおかけしてすみませんが、該当箇所の差し替えをお願いいたします。
参考リンクを貼っておきますね。
http://www.geocities.jp/une_gen/LegendsInNoto-2.htm
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投稿者:のんの 投稿日時 2012/1/11 15:18
はじめまして!!素晴らしいサイトを発見して毎日拝読しています。
まんが日本昔ばなしは小さい頃から欠かさず見ていて人生の一部になっています。
全く観たことが無いお話もサムネイル付きで観られて嬉しいです!!
この「不思議な石」も初めて知ったお話です。

昔ばなしは題名を聞くと「話の内容が知りたい」
話の内容を知ると「画像が見たい」
画像を見ると「動く映像で観たい!!」

何だか欲望をかき立てられてしまう不思議な番組です(^^:)
これからもお邪魔させて頂きます!!!
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投稿者:hiro 投稿日時 2012/1/11 19:37
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そうですね、私も知らない話のあらすじを読んだり画像を見たりするとわくわくしてきます。
アニメで昔話って本当、すごいことだと思います。(まあトラウマをうえつけられた人もいますが。私みたいに)
このサイトもこれからどんどん活性化していくといいですよね。
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投稿者:マニアック 投稿日時 2012/7/15 12:33
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ご協力ありがとうございました。やはり過去の再放送でしたね。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2018/12/9 3:02
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下記の情報リンクが切れているので、別のものを提供いたします。
http://www.geocities.jp/une_genzaburo/LegendsInNoto-2.htm
__
ありがとうございました。サイトを差し替えました。(2018/12/9)
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投稿者:Perenna 投稿日時 2018/12/10 22:25
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「石川県鹿島郡誌」(昭和3年)には「物貸石」について、次のように書かれています。(コマ番号970/1795)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1232332

「池崎(高階)より直津に行く所に横打ちと云ふ畑地に昔大なる石ありしと、之を物貸の神様といふ。村の人此の石に所用の品を頼む時は膳椀は勿論金銭にても貸し與へられしが、天正の頃石動山の僧来りて種々の物を借出しこれを返さざゞりしより、物貸の神様も怒りて遂に貸出さぬやうになりたりと。此の石今は池崎なる立石上なり或は某家の庭石となれり。」

石動山は天正10年(1582年)、織田信長の命令により前田利家、佐久間盛政らによって焼き討ちにあいました。
石動山の僧兵たちが武器やいくさに必要な兵糧などを借り出して、そのまま滅ぼされてしまったので返却することができなかった、という話なのでしょうか?
また、七尾市の池崎町と直津町のあいだにある青山町には立山神社があります。
この神社は昭和23年に創立されたものらしいですが、なにかこの昔話と関係があるのかもしれません。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2020/10/17 23:17
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場所について、この石は石川県七尾市直津町の八幡神社に祀られています。
なので場所の修正をお願いしたいです。
横内という場所は現存しないので、直津に吸収されてしまったのでしょう。

現地調査した記録をブログにまとめましたので、ご参考までに残しておきます。
https://visiting-folktales-in-japan.blogspot.com/2020/10/blog-post_17.html?m=1
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投稿者:Perenna 投稿日時 2020/10/18 1:45
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ゲストさま。
直津町の八幡神社に祀られている石はおそらく、「横打ちの物貸石」とは関係がないものと思われます。
「石川県鹿島郡誌」によると、直津町の八幡神社について次のように書かれていました。(コマ番号1561/1795)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1232332/1532?tocOpened=1

「八幡神社(大字直津ワノ部一番地字宮崎鎮座)
当社は村社にして誉田別命及び息長帯姫命を祀る、社伝に拠れば神体は神より上り給へりと云ふ(当社の境内左傍の霊地は大石の集りて一の丘陵をなし老樹鬱蒼として茂れり上古大巳貴命、少名彦命の二神国土経営の際霊威を此地に顕はし給ひて其の奇しき霊威を此石に留め給ひしなり)」

直津町の八幡神社の御神体の石は、「古事記」に登場する大国主命や少彦名命に因むものらしいです。

この昔話の物貸石は昭和初期の文献によれば、「此の石今は池崎なる立石上なり或は某家の庭石となれり」と書かれています。
直津に所在するよりも、おそらく池崎に近いところにあると見たほうがいいのではないでしょうか?
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