魚籃の観音 についてのコメント&レビュー投稿
昔々、日向灘の一ッ葉(ひとつば)という細長い入り江で、漁を生業にする若者がいた。若者は腕のよい漁師で、嫁をもらうため毎日一生懸命働いていた。 ところがどうした訳か、こ...…全文を見る

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投稿者:araya 投稿日時 2011/10/16 4:40
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私も最近まで間違えてましたが、タイトルは「魚籃の観音」ですね(^_^)。
草冠の「藍」ではなくて、竹冠の「籃」になります…。
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投稿者:beniko 投稿日時 2011/10/16 16:30
籃、ですね、訂正しました。教えてもらってありがとうございました。
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投稿者:araya 投稿日時 2011/10/17 3:59
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細かい指摘をすみませんでした(^_^ゞ。

ついでに、場所も調べたところ、魚籃観音の伝説は確かに宮崎市にあるのですが、網掛観音という名で宝寿山正光寺に安置されているそうです。また、四十右衛門が観音様を引き上げた一ツ葉海岸は大淀川の北側河口の入り江にあたります。かつての宮崎シーガイアの南側にある海岸線といった方が分かりよいかも…。
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/miyazaki101/shinwa_densho/057.html
また、魚籃観音研究をされてるサイト(http://riksys.web.fc2.com/jbk_gyoran/kenkyu.html)に『魚にのったかんのんさま』(西本鶏介ぶん・石倉欣二え)という本が紹介されており、これを発展させた作品として、まんが日本昔ばなしの「魚籃の観音」も紹介されてました。
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投稿者:beniko 投稿日時 2011/10/17 5:54
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正光寺という表記がグーグル地図内になくて、「正光観音御堂」という表記がありましたので、そちらにマークしました。間違っていたら再度教えて下さい、情報提供ありがとうございます。
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投稿者:yassan 投稿日時 2012/5/2 11:22
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前にアラヤ氏の投稿もありますが、中国に魚籃観音についての説話があるので、補足ということで調べてみました。結果的には、この宮崎県のお話とはあまり関係のない話でした。

中国の話では、唐代に魚を売る美女がいて、たくさんの求婚者の中から婿を選ぶにあたって、求婚者たちに観音経、金剛般若経、さらに法華経の暗誦を課した。この課題を見事クリアーした馬青年のもとに娘は嫁ぐが、婚礼の席で急死してしまう。のちに馬青年のもとを訪れた旅の僧が話を聞き、娘の墓を開けてみると、白骨に金の鎖が付いていた。娘は法華経を広めるために現れた観音様の化身だったというお話です。

参考までにこの説話は宋代の文献『隆興佛教編年通論』、『佛祖統紀』などに収められているそうです。
https://nirc.nanzan-u.ac.jp/nfile/2935
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/3/22 13:54
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●若者に良縁を授ける
 大淀川が海に注ぐ河口の北岸には、昔から大きな入り江があった。今は宮崎港となっている。この入り江一帯が一ツ葉浜。江戸時代の中ごろ、この浜に葉が1つずつしか付かない松の木が生じ、人々が不思議がって一ツ葉の松と呼んだ。イザナキノミコトの禊(みそ)ぎの場に生えた聖なる松であるとして、そこに一ツ葉稲荷社を建てたと伝えられている。
 昔、この入り江で漁をして暮らしている四十右衛門(よそえもん)という若者がいた。ある夏の日、いつもの通り漁に来て投網を打った。しかし、何度網を打っても、少しも獲物が上がらない。彼は独身で、早く嫁をもらおうと、人並み以上に働いた。しかし、その日に限って、網に魚はかからなかった。
 彼はあきらめて帰りかけた。ちょうどそのとき、網を肩にかけ、背中に捕れたての魚をどっさり入れたかごを背負った美しい娘に出会った。四十右衛門がすっかり見とれていると、娘はにっこり会釈して通り過ぎた。
 翌日四十右衛門は、今日こそはと入り江に出掛けた。しかし、魚は捕れなかった。がっかりして帰りかけると、また昨日の娘に会った。彼は「あんたはどこでこんなに漁があったのか」とたずねた。娘は三本松のところだと言い、「観音経を覚えなされ、観音経を唱えながら網を入れなされ」と教えてくれた。
 四十右衛門は、これはただの娘ではないと思い、家に駆け戻ると、仏壇から観音経を取り出し、高らかに唱え始めた。一晩中唱え続けて暗唱し、朝一番に入り江に走った。そして観音経を唱えながら網を打つと、ずしりと手ごたえがあった。
 網をあげると、1体の観音像がかかっていた。彼は驚き恐れ、観音像を正光寺(吉村町)に預けた。寺の山門を出ようとすると、あの娘が立っていた。にっこりほほえんで「四十右衛門さん」と声をかけ、「私は豊後の国東から四十右衛門さんと結婚するために来ました」と告げた。聞くと、よい婿が見つかるよう観音様に願をかけたら、「日向の四十右衛門をたずねよ」とお告げがあったという。
 四十右衛門は驚きながらも、この娘と結婚し、観音様をあがめた。毎日豊漁が続き、嫁が町に売りに行けば、魚は飛ぶように売れ、四十右衛門は村一番の金持ちになった。正光寺には今もその観音像が祭られ、網掛け観音と呼ばれて信仰されている。


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投稿者:ゲスト 投稿日時 2014/10/14 0:17
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とことん面倒見のいい観音様ですね
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