Re: 大けやきの天狗
投稿者:愛善院 投稿日時 2016/8/5 13:34
アニメ放送版は精密な記憶があいまいですが、普段、語り部として皆さまにお聞かせするのは、以下のような話です。
おおけやきに子供が集まって遊んでいる。それを眺めるのが好きな天狗がけやきの天辺にいた。
天狗には憂えがあった。夕方までは楽しく遊んでいる子供たちだが、やがて日が落ちて家に帰ると、毎晩どの家も夫婦げんかがはじまるのだった。
当地はカカアの気が強いという。どの夫婦も、きっかけは些細なことだが、やがては怒鳴りあいになって、おおけやきまで聞こえるのだ。
「ようも飽きずに毎晩やりあうもんじゃ、あれでは子供たちが肩身がせまかろうに、かわいそうじゃ、かわいそうじゃ」
そこで天狗は奮起して、けやきからハタハタと羽ばたいて村まで降りてくると、姿を人の目には見えぬように消して、家々をめぐる。して、どうするかといえば、喧嘩の真っ最中にお仏壇のお鈴をちーん、、。
夜もふけて、騒がしいものといえば夫婦げんかの声ばかりのなかを、涼やかに鈴の音がしたもので、夫婦ははったと黙りこむ。
「なんじゃ、いまのは」
「子供らがいたずらしたんぶえか」
もちろん、仏壇には誰もいない。
はて子供らは、と見れば、夜露の降りるなか、兄弟なり姉妹なり、けんかが早く終わるよう祈るようにして、戸口の外で眠りこけていた。
そんなことが何軒も何軒も、何日も何日も続いた。
村のものは、
「ご先祖からケンカを仲裁されてるだ」
と噂しあい、だんだんと夫婦げんかが減っていった。
しかしケンカのタネなどいたるところにあるもの。
「さて、今夜もはじまったか、やれ子供らがかわいそうじゃ」
天狗も毎晩あっちへこっちへと飛び回るので、姿を消す神通力か少し衰えた。ケンカもたけなわのころ、ちーん、と鳴らして立ち去るときに、月が射し込んで、障子にその姿が映ってしまった。
ぎょっと見る夫婦、障子には人の影とは思えぬほどの、長い長い鼻が、。
「おおけやきの天狗じや、天狗がケンカを止めにきとったんじゃ」
以来、その村では夫婦げんかはなくなったという。
子供たちも皆にこにこと、そしてたまさか、けやきの木に元気に遊びにくるのだった。
「天狗さん、ありがとう」
と。