立の越の大権現様 「阿見の昔ばなし その8 阿見町」
現在は、静かな住宅地となっている立の越の権現山に、今から百年ぐらい前まで、熊野大権現(だいごんげん)様を祀った社(やしろ)が建っていました。
今から850年ほど前の日本では、地震などの天災地変がとても多く、村人たちはたいそう苦しんでいました。
そこで、くらしの平穏無事を願った人々は、あちらこちらに一斉に社を建てて、神様を祀りました。
歳月は過ぎて、立の越にも権現様が祀られました。
権現様に対する人々の信仰心は厚く、八里四方の村々から大勢の人たちがお参りに来るほどでした。
お参りする人々の行列は、社を中心にして「の」の字のように連なるほど多かったので、「ののびきにお参りの人が来た。」と言われていたそうです。
境内の入り口にあった椎の木は、子ども10人ぐらいで取り囲むほどの神木であり、内側は大きなうろになっていて、その中で子どもたちは遊んだそうです。
その後、権現様は神主がいなくなったので、社に納められていた品々は、中郷の阿弥神社に移され、社は取り払われてしまいました。
今は神社の鳥居の礎石が二個、阿弥神社の林の中に残っています。
また、取り払われた跡に小学校の前身校が建てられましたが、この小学校も別の所に新しく建て替えられました。
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