「榎木の僧正」(徒然草・第45段…公世の二位のせうとに)の古文・現代文

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昔、京都のある所にたいそう大きな榎木(えのき)を境内に茂らすお寺があった。この榎木の大木は遠くからもよく見え、寺の名物になっていた。   この寺の和尚は良覚僧正(りょ...…全文を見る

「榎木の僧正」(徒然草・第45段…公世の二位のせうとに)の古文・現代文

投稿者:マルコ 投稿日時 2013/7/29 22:27
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「榎の僧正」を勉強したノートを発見したので、これから「徒然草・第45段…公世の二位のせうとに」を勉強する人の役に立てば幸いです・・・。

公世(きんよ)の二位(にゐ)のせうとに、良覚僧正(りやうがく そうじやう)と聞えしは、極めて腹あしき人なりけり。

坊の傍(かたはら)に、大きなる榎(え)の木のありければ、人、「榎木(えのきの)僧正」とぞ言ひける。この名然(しか)るべからずとて、かの木を伐られにけり。その根のありければ、「きりくひの僧正」と言ひけり。いよいよ腹立ちて、きりくひを掘り捨てたりければ、その跡(あと)大きなる堀にてありければ、「堀池(ほりけの)僧正」とぞ言ひける。 

藤原公世の兄で、良覚僧正とお呼びした方は、極めて怒りっぽい人であった。

僧坊の傍らに、おおきな榎があったので、人は「榎木僧正」と名付けた。この名はけしからんと言って、僧正はその木を伐ってしまわれた。しかし、その木の根が残っていたので、人は「きりくいの僧正」と言った。僧正はいよいよ腹が立ってきて、切り株を掘り捨てたら、その跡が大きな堀のようになったので、人は「堀池僧正」と呼んだそうだ。 


「公世の二位」は、藤原公世。侍従。従二位に叙せられてから没するまで散位(さんに:位だけあって官職にないこと)だったので、このように呼ばれました。篳の名手として知られています。公世は兼好法師より70歳前後年長の人と思われ、少年時の兼好法師にとって、生前の公世は敬愛の情を捧げる相手だったのだろうか。

「せうと」は、兄。「背人(せひと)」(「背」は「妹(いも)」の対)で、姉妹から見た同腹の兄妹のこと。特に兄のことを指しています。

「良覚僧正」は、延暦寺の高僧。大僧正で歌人としても知られています。「僧正」は僧官の最上位で、大僧正、僧正、権僧正の3階級に分けられます。良覚が任じられた大僧正は、二位大納言に准ぜられる身分。

「坊」は、僧の住んでいるところ。僧坊。ここでは、僧正の住んでいたところ。「房」とも言います。

「榎の木」は、ニレ科の落葉高木で、高さ20メートル、幹の直径は1メートルに及びます。その高大さが目印となることから、古来、塚のしるしとし、後世は街道の一里塚などに植えられました。また、神木の一つとしても知られ、その下に神を祭る習俗があり、その神秘感によって、しばしば怪異譚にも出てきます。邸宅の戌亥(いぬい:北西)の隅に大木を植える習わしがありました。

「きりくひ」は、木の切り株のこと。
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