Re: みちびき地蔵
投稿者:ゲスト 投稿日時 2012/7/22 19:11
この話を始めて見たのは2年くらい前だったか・・・。
ユーチューブで見たけど、メッチャ怖いと思った。気仙沼大島って・・・地元じゃん!すげー、日本昔話に地元のお話があったよー!・・・と、喜んだのは一瞬で、お話の内容は津波の話で、見ててとても怖かったのを覚えている。
その当時、宮城では何年も前から宮城県沖地震が起こると言われ続けていて、10年以内に宮城県沖地震が起こる確率は90%以上だと言われていた。そして、もし宮城県沖地震が起こった場合、沿岸部では10メートルを超える津波が確実に起きると言われていたのだ。
この話を聞いた時はかなり驚いた。「10メートルって・・・嘘だぁ、脅かしすぎでしょ。」「いや、来るらしいよ。10メートルは。いつ地震や津波が来てもおかしくないんだから、用心しないとね。」
しかし、そう言われてもピンと来ない。(もし、うちに10メートル級の津波が来たら気仙沼は水没だよ)などと思って、本気にしていなかった。・・・今考えるとなんとバカだったのだろうと思う。(我が家は海沿いにある。うちは、大体海抜10メートル位の所に建っている。)
そして、去年の3月11日。東日本大震災が起こった。
(風邪のため、自分は家で寝ていた)激しい揺れが治まったと思ったら、防災無線で、当地で震度6弱の地震が起こり、沿岸部では最大10メートルの津波が押し寄せる危険があるから、沿岸部の人間は大至急高台に避難するようにとアナウンスが入った。
・・・10メートルの津波?私の胸はドキッとした。やはり来るのか、10メートル級の津波・・・。しかし、馬鹿者の私は、それでもなぜか自宅を脱出して、より高い所を目指そうとはしなかった。本当に、馬鹿である。私は自室の窓から見える海に目を凝らしていた。
初めの数分は海に変化は見られなかった。しかし、10分くらいすると、少しずつ潮が引き始めた。(あっ、潮引いてる・・・?)と、思ったらまるでお風呂のせんを抜いたかのように、見る間に潮は引き、岸壁につけてある小船が潮が引いていく勢いでぐらぐらと大きく揺れていた。海面はいつもの半分くらいまで下がっていた。そして、海面が下がったと思った次の瞬間には海面がゆっくりと上昇し始め、気が付いた時にはいつもの2倍くらいの高さにまで海水が上がっていた。家の前にある防波堤は海水に浸かり、頭半分だけ出している状態となった。
いよいよヤバイと思った次の瞬間、隣で様子を見ていた家族の者が叫んだ。「津波だ!」
私は驚いて目を凝らすと、はるか遠くにそれらしき巨大な波が見て取れた。我が家からは大島が見えるのだが、大島に先に波がぶつかった。どうしよう・・・と、思っているうちに波はあっという間に防波堤を乗り越えて我が家に向かって突進してきた。
波はあらゆる物を巻き込んでいた。車、養殖いかだ、小型ボート。でも、一番驚いたのは民家が波に乗って、こちらに向かって来た事だ。これには本当に驚いた。私は家族の者と2人で家から脱出し、(遅すぎ!)命からがら高台へと逃げのびた。幸い、今住んでいる家はなんとか津波に流されずに済んだが、幼い頃、まん日を見て育った家は今回の津波と火災の被害の最もひどかった地区にあったため、消失してしまった。
今年の7月の初め、1年4ヶ月ぶりに昔の我が家があった場所へ、家族の者と一緒に車で行ってみた。「あの辺りは相当ひどいよ、何にも残ってない。」と、聞いてはいたが、現実は私の想像をはるかに超えていた。昔の我が家はすでに無くなっていた。それどころか、私の知っている街はそこには無かった。車を走らせてみるが、どこまでいっても何も無い。建物の基礎ばかりがあり、時々大きめの建物だけが点々と残っている。まるでゴーストタウンのようであった。あまりに何も無いので、車を走らせているうち、今自分達がどこを走っているか分からなくなってしまった程である。(これは本当にショックだった。)
私が今回の災害から学んだことは、災害に対する日々の心構えが大事だということだ。
津波の恐ろしさは、このみちびき地蔵も含めて、地元のおじいさんやおばあさんが色々な昔話を通して私に教えてくれた。
しかし、わたしは愚かにも津波に対する危機意識が低すぎた。津波というものを甘くみていたのかもしれない。あるいは、津波は怖いものだけど、まさか自分がそんな災害に遭うなんて事はないだろうとタカをくくっていたのかもしれない。(この、まさか自分が津波被害にあうなんて・・・と、いうような事を言う人は私の他にもたくさんいた。)
私が今回の災害で感じた事は、いざという時は自分だけが頼りなのだという事だ。
どれだけ津波の恐ろしさを教えられても、私のように(汗)それをまともに受け取らなければ、災害から自分の身を守る事は難しくなる。常日頃から災害に対する危機意識や、それに対する備えをしておけば、いざ災害にあっても助かる可能性は大幅に高まるのだから。
あのような津波は二度と起きてほしくない。けれど、当地の歴史を振り返れば分かる。きっと、また津波はやってくるのだと。
幸運にも生き残った私達は、後世にこの災害の記憶を伝え、そしていつかまたやってくるであろう津波に対しての備えをしなくてはならないのだと思う。