伊豆の天城山中、狩野川の上流にある浄蓮の滝は、千古の大木が鬱蒼と生い茂る、夏でも肌寒さを覚える程の場所で、滅多に人が入る事も無かった。
ある時、他国の樵が千古の大木に目をつけてやって来て、滝の傍の大木に斧を打ちこみ始めた。ひと休みしようと斧を振る手を止め、切株に腰かけて煙草を噴かしていると、いつ現れたのか1匹のジョロウグモが、樵の足許に糸を繰り出していた。
樵は見るともなしにその光景を見ていたが、やがて仕事に戻ろうと思い、足にからめられたクモの糸を切株に巻きつけて立ち上がった。と、突然凄まじい地響きが鳴り響き、糸をからげられた切株がごそっと引っこ抜かれ、あっと言う間に滝壺に引きずり込まれてしまった。
樵からこの話を伝え聞いた人々は「浄蓮の滝の主はジョロウグモに違いない」と噂し、それからと言うもの、この滝に近づく者は絶えてしまった。
それからしばらくしたある日、先の樵とは別の樵が浄蓮の滝にやって来て、大木を切る為に斧を振るい始めた。木を切り倒し、昼飯を食べている樵の足元に、いつかと同じようにジョロウグモがやって来て、同じように糸をからげ始めた。樵は昼飯を食べ終わった後、クモの糸を切株にからげて仕事に戻ろうと立ち上がると、突然凄まじい地響きと共に切株が根こそぎに引き抜かれ、突き立ててあった斧もろとも滝壺に引きずり込まれた。
驚いた樵は、引きこまれた斧を取り返そうと思わず滝壺に飛び込んだ。すると、水中に見た事も無い美しい姫が斧を持って立っていて、「浄蓮の滝の廻りの木を切ってはなりませぬ。そして、今日の事は誰にも語ってはなりませぬ。約束を守るなら、貴方の斧は返しましょう」と言って、樵に斧を返してくれた。
樵は家に帰ると、姫との約束を守りその日の事を誰にも語らずに過ごしていたが、ある時、振る舞い酒に酔ってつい口が滑り、浄蓮の滝で出逢った姫の事をすっかり話してしまった。と、話し終わると同時に樵はポックリと死んでしまった。
こんな事があってからと言うもの、人々は浄蓮の滝の主のジョロウグモを恐れ、滝に近付く者はいよいよ居なくなってしまったと言う事だ。
(投稿者: 熊猫堂 投稿日時 2013-8-17 18:51)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 岸なみ(未来社刊)より |
出典詳細 | 伊豆の民話(日本の民話04),岸なみ,未来社,1957年11月25日,原題「浄蓮の滝の女郎ぐも」,採録地「豆州古葉」 |
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場所について | 伊豆の浄蓮の滝 |
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