昔々、高知の西に険しい山に囲まれた咥内坂という峠があった。その咥内坂のお地蔵様は、夜ここを通る者にひもじい思いをさせて困らせることがあると言われておった。
ある寒い冬の夜のこと、咥内坂をたまたま通ることになった「たへい」という若者がおった。朝倉村へ嫁入りした妹の祝言の帰り。よさこいを歌いながら松山へと向かっておったのじゃった。
しかし、お地蔵様の前を通り過ぎたとき、たへいは急に腹が減って、その場にへたり込んでしもうた。「そうじゃ。咥内坂を夜こえる時には、必ず、なんか食い物を持っておらんと酷い目にあうと聞いたことがあったが。」たへいは食べるものなど一欠けらも持っておらんかった。冬の夜風はますます冷たく吹きぬけ、さらに雪まで降り始めておった。寒さとひもじさで、たへいはとうとう動けんようになってしもうた。
しばらくして、笹雪を踏み分ける足音が近づいてきた。山仕事から降りてきた一人の樵じゃった。たへいは身振り手振りで、腹が減ってどうにもならんことを必死になって訴えた。樵は赤ん坊の頭ほどもある握り飯を取り出し、半分渡した。たへいが無我夢中でその握り飯を食い終わる頃には、ひもじさは嘘のようにけしとんでしもうておった。そうして、たへいと樵は、お地蔵様に手を合わせてお礼をした。
「わしにもよう分からんが、高知は山また山でな。この咥内坂は東から来る者が初めにかかる峠じゃで、用心せえ、峠を甘くみるとこの先、命を落とすこともあるんじゃというお地蔵様の教えかもしれんなあ。」それからというもの、咥内坂の峠を夜こえる者は、必ず握り飯を持って、この峠を越えるようになったということじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2011-11-20 20:38)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 市原麟一郎(未来社刊)より |
出典詳細 | 土佐の民話 第二集(日本の民話54),市原麟一郎,未来社,1974年08月30日,原題「咥内坂」,採録地「高知市」,話者「深田友幸」 |
場所について | 咥内坂のひだる地蔵はこの辺り?(地図は適当) |
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