昔、土佐の佐岡村の外れで小さな団子屋を営んでいる夫婦がいた。主人の源やんは女房に頭が上がらない婿養子と評判で、村中の皆から陰口を叩かれていた。
ある日源やんの幼馴染の芳やんが、今夜隣の白川で酒が飲み放題の寄り合いがあるから一緒に来ないかと源やんを誘いにきた。いつも女房に監視され仕事を休む事すらできない源やんは芳やんの誘いを断るも、本心では久々に酒が飲みたくて源やんは堪らなかった。
その夜、一人で白川へ行った芳やんは寄り合いでたらふく酒を飲み千鳥足で夜道を歩いていたが、杉田(すいた)まで来て一服しようと行く手を見ると、道端に蛍の光の何倍もある火が落ちていた。炭火だと思った芳やんが煙管を持って近づくと、火は驚いたように突然飛び上がり芳やんから離れていった。
芳やんは怪訝に思いもう一度火に近づこうとしたが、火はさらに奥へ遠退き道を転がっていく。これは怪火(けちび)に違いないと思った芳やんは、持ち前の好奇心の強さで怪火を追いかけ始めた。こうして怪火を追いながら杉田を走り抜け物部川(ものべがわ)も渡るうちに、いつしか芳やんは源やんの団子屋の庭先に出ていた。
そして怪火が団子屋の障子の破れ目に入り込むのを見た芳やんが破れ目から中を覗くと、なんと怪火が寝ている源やんの口の中へ飛び込んでいくではないか。隣で寝ていた女房がうなされている源やんを起こし訳を尋ねると、「夢の自分が杉田で休んでいると芳やんが煙管を突き付けてくる。いくら逃げても追いかけてくるので恐ろしかった。」と言う。
あの怪火の正体は源やんの魂であり、夜になると源やんの魂は自由になりたくて外に遊びに出ていたのである。外で話を聞いてぞっとした芳やんは、源やんに声もかけず逃げ帰ったという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2012-12-18 18:39 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 加来宣幸(未来社刊)より※ミス |
出典詳細 | 土佐の民話 第二集(日本の民話54),市原麟一郎,未来社,1974年08月30日,原題「逃げる怪火」,採録地「香美郡」,話者「森田保」 |
備考 | 加来宣幸と記載があるけど実際には「市原麟一郎」です。 |
場所について | 物部川(土佐の佐岡村) |
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