昔、種子島でのこと。その頃は山で暮らす人と、海で暮らす人とが分けられており、お互いのその収穫物を商人を通じて交換し、行き来させているのが常でした。
そんな山の村に年老いた父親と、怪我をして動けなくなった夫とその妻のトメ、そして生まれたばかりのちよという名の赤ん坊の4人の貧しい家族が住んでいました。今日も商人が品物を買いに来たが出すものもほとんど無く、逆に美味しそうで滋養のありそうな海の幸を見せつけられ、悲しい思いをしたのだった。
トメは「もがきながら弱っていくなんて、自分には出来ない」と、赤ん坊のちよを背負ったまま浜へ出ていった。その日はお彼岸で海に住む人々は皆仕事を休み、浜に人はいなかった。
トメは大きな長浜という、いつもは漁の人達で賑わっている場所へ移ると、そこには見た事もない多くの貝が落ちていた。その日はちょうど大潮で潮は沖の方まで引き、日頃見せた事のない沖の瀬が遠くまで姿を見せていた。
トメは背中におぶっていたちよを瀬の平らな所に寝かせると、沖の方まで駆け出していった。すると沖の方に今まで見た事のない貝が、大口を開けているのを見つけた。トメは貝を捕まえようとして手を伸ばした瞬間、貝の口がピシャリと閉まってしまったのだった。
その貝はとびきり大きなシャコ貝で、一度閉まった口はもうどうやっても開かないのだった。トメは何とか逃げようと必死にもがいたが、どうすることも出来なかった。大潮の日は引き潮も早いが満ち潮も早い。満ち潮が早い勢いでトメの目の前まで押し寄せてきた。
トメは声の限りに叫び続け、ちよの名前を呼び続けた。潮はトメの身体をほとんど埋めつくし、ちよの身体をも濡らし始めた。その時浜の長老がそのことに気付き、村人へ浜へ走るよう言った。しかしもう時すでに遅く、若い衆が駆け付けた時潮はすでに満潮で、もう親子の姿はどこにも無く、ただトメの着物とおぶい紐が海面に浮いているだけだった。
(投稿者: てぃっぴい 投稿日時 2012-6-8 10:34 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 下野敏見(未来社刊)より |
出典詳細 | 種子島の民話 第一集(日本の民話33),下野敏見,未来社,1962年08月31日,原題「子投げ潮」,話者「西之表市の椎田滝助、中種子町の沢園友松、南種子町の柳田源八」 |
場所について | 種子島の長浜(地図は適当) |
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