昔、岡山の阿哲(あてつ)の山奥にある十文字峠に、いつもお腹をすかした二匹の狼がいました。この狼たちは、村に降りてきて馬や鶏を襲って食べたり、喉が乾けばトイレの小便まで飲んでいました。村人たちは夜中にやってくる狼たちを恐れて、トイレに行く事もできず、仕方なくオマルを使っていました。
しかし、もっと恐ろしいのは「まどう」という魔物です。夜になると十文字峠に時々現れるという噂で、まどうに会って行きて帰ったものはいませんでした。村人たちはまどうを怖がり、よほどの事が無い限り十文字峠を通る事はありませんでした。
ところが、この村に魚を売りに来る行商人の吾作だけは、毎朝十文字峠を通っていました。いつも「山犬さまにぃー」と掛け声をかけて、一番良い魚を峠の熊笹の中に放り込んでいました。
ある日、吾作がすっかり日が暮れた頃に、十文字峠にさしかかりました。すると、いつも吾作が魚をあげていた二匹の山犬が、今にも飛びかかりそうな勢いで吾作を待っていました。吾作は「わしを食おうと待っていたのか、、、いくら恩をかけても畜生じゃのぅ」と情けなくなりながら、覚悟を決めました。
すると、強い風が吹き山鳴りが起こると、山の谷間から恐ろしいまどうが現れました。二匹の狼は、さっと吾作の体の上に覆いかぶさり、まどうから見えないように吾作の姿を隠しました。まどうは吾作を見つける事ができず、反対側の谷へ消えてきました。
吾作は、山犬たちのおかげでまどうから殺されずにすみました。この話をきいた村人たちは「やっぱりあの狼は山犬さまだ」と敬うようになり、村人たちも食べ物をお供えするようになりました。いつも腹ペコだった狼も、もう村を襲撃しなくなりました。
(紅子 2012-5-14 1:41)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 稲田浩二(未来社刊)より |
出典詳細 | 岡山の民話(日本の民話36),稲田浩二,未来社,1964年03月15日,原題「山犬の恩返し」,採録地「阿哲郡哲西町矢田奥組」,話者「足立秀男」,採集「日笠恒子」,再話「稲田和子」 |
場所について | 十文字峠(地図は適当) |
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