むかしむかし、敦賀(つるが)の小谷寺(おたんじ)の清源(せいげん)という坊さんが、花ぐるまという綺麗な女の人と結婚して、坊さんを辞めて蕎麦屋を始めた。清源どんの打つ蕎麦はたいそう旨く、夫婦の蕎麦屋は大繁盛じゃった。
ところで、このお店に毎日やってくる仁平どんという男がおった。仁平どんは蕎麦が大好きで何杯もお代わりするので、清源どんはたくさん蕎麦を打って待っておるのじゃった。じゃがある日、店を閉めるころになっても、仁平どんは来んかった。次の日も、その次の日も、仁平どんは来んかった。
そうして四日目、息も絶え絶えになった仁平どんがやって来た。聞けば、「腹をすかせばもっと蕎麦が旨かろうと思うて、三日間何も食わずに来たんじゃ。はよう蕎麦喰わしてくれ。」というので、清源どんは慌てて蕎麦の準備を始めた。
すると、仁平どんのヘソの辺りからおかしな虫が這い出してきて、まだ打っている途中の蕎麦を食い始めた。清源どんは驚いて、その虫をつまみ上げ窓から庭へ放り出した。
さて、ようやく蕎麦が出来上がったが、仁平どんはあれほど好きじゃった蕎麦を食べようとしないのじゃった。それどころか「おら、蕎麦なんか嫌いじゃ~。」と言うて、帰ってしもうた。
清源どんはさっき放り出した虫を思い出した。あの虫は、蕎麦が出来るのを待てずに這い出してきた、仁平どんの《蕎麦好きの虫》で、それを清源どんが捨ててしもうたので、仁平どんは蕎麦が嫌いになったのじゃろう。清源どんと花ぐるまは庭に出て、蕎麦好きの虫を探したが、もうどこにもおらんかった。
それ以来、仁平どんは二度と蕎麦を食いに来ることはなかったそうな。蕎麦好きの虫という変わった虫もあったもんじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-5-20 20:34 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 若狭・越前の民話(未来社刊)より |
出典詳細 | 越前の民話 第一集(日本の民話44),杉原丈夫、石崎直義,未来社,1968年04月30日,原題「そば好きの虫」,採録地「敦賀市」,話者「中道太左衛門」 |
場所について | 小谷寺 |
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