昔々、肥前と筑前にまたがる背振山(せふりやま)に“べんじゃあさん”という姫神様が住んでおられた。べんじゃあさんとは、弁天様のことである。
ある日のこと、べんじゃあさんは豊前の英彦山(ひこさん)で開かれる神様の寄合に招かれた。季節はちょうど五月の始め。英彦山には、辺り一面に薄桃色をした石楠花(しゃくなげ)の花が咲いていた。それは得も言われぬ美しさで、べんじゃあさんは思わず感嘆の声を上げ、背振山にもこの石楠花が欲しいと言うのだった。
ところが、これを聞いた英彦山の天狗は「この石楠花の花は、一本たりとも他所の山に持ち出すことはならん!!」と、すごい剣幕で怒る。
それでも、どうしても石楠花がほしいべんじゃあさんは、寄合の後、山の中腹から石楠花を一株つかみ、大急ぎで逃げ出した。これを見た天狗は、カンカンに怒って追いかけて来る。べんじゃあさんは、天馬にまたがり必死逃げるも、背振山まであと少しという所で、天狗に追いつかれてしまった。べんじゃあさんは、仕方なく石楠花を放り投げて逃げた。すると、放り出された石楠花は竹ノ屋敷の辺りへ落ちて行った。
一度は失敗したものの、べんじゃあさんは、まだ石楠花をあきらめてはいなかった。再び天馬にまたがると英彦山へと向う。今度は、天狗に見つからないように雲の中に隠れ、素早く石楠花を一株つかみ、背振山へと天馬を飛ばす。今度こそうまくいったと思ったのもつかの間、突然、雲の中から天狗が姿を現した。天狗は帰り道で待ち伏せしていたのだ。
こうして、べんじゃあさんは、またも天狗に捕まってしまい、石楠花を手放す羽目になった。そして、石楠花は背振山の尾根、鬼ヶ鼻の方へと落ちていった。
結局、べんじゃあさんは石楠花を手に入れることが出来ず、そんな訳で今に至っても、背振山には石楠花が一本も生えていないのだそうだ。一方、べんじゃあさんが落とした二株の石楠花は、それぞれ竹ノ屋敷と鬼ヶ鼻に根を降ろし、毎年薄桃色の花を咲かせるようになった。
いくら贅沢なべんじゃあさんでも、どうしても手に入らない物があったという話だ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2013-12-20 18:30)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 佐賀の伝説(角川書店刊)より |
出典詳細 | 佐賀の伝説(日本の伝説38),辺見じゅん,角川書店,1979年9年20日,原題「脊振山の石楠花」 |
場所について | 上宮 |
このお話の評価 | 9.00 (投票数 3) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧