飛騨の山奥で、焼畑を作って暮らしている貧乏な夫婦があった。この夫婦の間には娘が一人居たが、これが色の抜けるような白い肌の美しい娘であった。両親は 娘をとても大事にし、農作業にも連れず家から出さないようにしていた。娘は炊事や糸紡ぎなどをしてひっそりと暮らしていた。
この娘を山のぬしが見染め、「是が非でも俺の嫁にせねばならぬ」と家まで押し掛けた。折りしもその日は立夏で、両親は里に下りていて留守だった。山のぬしが入口に下げ たむしろを捲って中に押し入ろうとした時、山のぬしは叫び声をあげて退いた。入口には山の魔物を退ける霊力を持つ煮込んだ笹の葉がぶら下がっており、山のぬしの霊気が通じなくなる為だった。
諦めきれない山のぬしは今度は小さな蛇に化け、家の傍の草原に生えているわらびの葉の上で娘が家の外に出るの を待ちかまえる事にしたが、娘は出て来ず、待ちくたびれた山のぬしはわらびの葉の上で昼寝を始めてしまった。ところがその草原は娘がいつも小用を足す場所 であり、山のぬしは蛇の姿のまま、娘の小水を頭から浴びてしまった。女の不浄に触れて術が敗れた山のぬしは、蛇の姿のまま「来年こそは!」と悔しがりつつ 退散した。
次の年、山のぬしは今度は若い男に化けて娘の家に近づいた。その年、雪解け水が多くて田畑が荒れ果て、娘の両親は困り果ててしまい「畑を整えてくれる者があったら娘の婿に迎えても良いのだが」と口走ってしまった。それを聞いた山のぬしは瞬く間に田畑を綺麗に整えて見せた。
両親は若者を見て「娘には過ぎた婿殿だ」と大喜びしたが、若者が魔除けの笹の葉を見て気味悪そうにしたり、昼飯に作った笹のちまきを酷く嫌がるのを見て母親 の方が怪しみ、これは山の魔物の化身かも知れぬと思って、こっそりと笹の煮汁をお茶に混ぜて差し出した。知らずに飲んだ若者は叫び声をあげ、黒雲のような 姿になって逃げ去った。
尚も諦めきれない山のぬしはとうとう正体を現わし、数丈もある巨大な蛇に化身して家ごと娘を攫おうとした。両親は 娘の頭に笹の葉を被せ、大急ぎで家から離れ遠くの丘に隠れた。それに気付かぬまま、山のぬしの大蛇は家をぐるぐる巻きにし、そのまま山の中に姿を消してしまった。
以来、山奥の里では魔除けの為に、お茶の中に笹の葉を共に入れて煮出すようになった。またこの出来事に因み、わらびの葉の上に眠る蛇はどんなに小さくとも、山の魔物が化けたものだと恐れられているそうな。
(投稿者: 熊猫堂 投稿日時 2013-2-6 10:03)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 江馬三枝子(未来社刊)より |
出典詳細 | 飛騨の民話(日本の民話15),江馬三枝子,未来社,1958年12月20日,原題「山のぬしと煮た笹の葉」,採集者「代情通蔵」 |
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