No.0725
もうじゃみち
亡者道
高ヒット
放送回:0455-B  放送日:1984年08月04日(昭和59年08月04日)
演出:小林治  文芸:沖島勲  美術:石川山子  作画:加藤鏡子
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亡者の通る道で殺生をしてはいけない

飛騨の険しい山々が連なる乗鞍岳(のりくらだけ)の西の麓に千町ヶ原(せんちょうがはら)という高原があり、そこには清霊田(せいれいでん)と呼ばれる小池ほどのいくつもの沼がある。

昔、この千町ヶ原の麓の青屋という在所に平十郎という肝の強い百姓が住んでおり、平十郎は秋じまい(※1)の後、猟に出るのが何よりの楽しみだった。晩秋のある日の事、青屋から平金に通じる桜が岡という亡者道で、平十郎はかすみ網(※2)を張りツグミ(※3)を獲っていた。ところがツグミを籠に入れる最中不意を突かれ、平十郎はツグミに片目を刺されてしまう。

その日は猟を止め山小屋で養生した平十郎は、その晩ふと、亡者道で猟をすると亡者の叫び声を聞くという爺さまの言葉を思い出した。しかしそれは大方夢でも見たのだろうと平十郎が笑い飛ばすと、突如壁の隙間からツグミの大群が押し寄せ、小屋中を飛び回った。

焦った平十郎が山小屋を飛び出すと、今度は火の玉が目の前を横切るのを見た。恐る恐るその後をつけていき、そこで平十郎は驚いた。なんと自分のかすみ網に行く手を阻まれ、無数の火の玉がうめき声を上げていたのだ。そして火の玉はどくろへと姿を変え、「平十郎とろう。平十郎とろう。」と口々に叫び声を上げた。

この光景に肝を潰した平十郎は必死に山を下りるも、途中で足を滑らせ清霊田に落ちてしまう。そこで平十郎は再び、昔爺さまも亡者道で猟をし片目を失った事を思い出すが、それでも亡者の祟りを信じようとはしなかった。すると周りの沼からどくろが浮かびながら、「平十郎は三日前、仏様の飯を食っておる。とらえる事できん。」と悔しそうに平十郎を見つめていたのである。

死者の霊が通る亡者道の前には、真っ白な御嶽山(おんたけさん)が亡者達を迎え入れるためにそびえている。平十郎はその後、命だけは助かったものの少し気がふれたようになり、それからはばったり山での猟を止めてしまったという。

(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-11-16 23:55)

 

(※1)秋の収穫の後、冬に備えて行う諸々の作業。
(※2)飛んでくる野鳥を捕らえる張り網の一種。鳥が反動で飛び立つ構造を利用しており無差別に大量の野鳥を衰弱させる恐れがある。
(※3)スズメより大きい小鳥の仲間。肉は美味とされているが乱獲や密猟のため現在日本では捕獲が禁止されている。


参考URL(1)
http://www35.tok2.com/home/shirokagesanjo/0801norikura.html
参考URL(2)
http://youkaitama.seesaa.net/article/218835572.html
ナレーション市原悦子
出典辺見じゅん(角川書店刊)より
出典詳細妖怪と人間(日本の民話07),辺見じゅん=清水真弓,角川書店,1973年4年20日,原題「千町が原」,伝承地「岐阜県」
場所について飛騨の千町ヶ原
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地図:飛騨の千町ヶ原
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※掲載情報は 2013/11/16 23:03 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
8件表示 (全8件)
ゲスト  投稿日時 2022/3/6 16:11
???「やめなされ…やめなされ…亡者道での殺生はやめなされ…」
パクチー  投稿日時 2018/6/16 22:01
家の中をぞろぞろ歩く、死者の行列が怖すぎた、ギシギシと大八車のリアルな音が原因だったかも。
やがて、ちょっと気味悪いを超えて、絶叫するくらい恐怖に襲われた。
匿名希望  投稿日時 2013/10/8 6:43 | 最終変更
亡者の通る道と、亡者道は明らかに類似品だと思うけど、実は同じものがモデルなのでは・・と思えるようになってきた・・・。
舞台もだいたい一致しているし。
十六人谷との関係も興味深いですが、今住んでいる人たちにしてみればいい迷惑な話ですね^^;

自分的には亡者の通る道がどうしてもトラウマで、悪夢としてたまに夢に出てきてうなされます。

亡者道の「どうした・・・へーじゅーろー」も怖すぎです。
最後、男が気が狂うのも怖いです。
なんかシャイニングのジャックみたい・・・
マルコ  投稿日時 2013/4/20 15:29
岩波新書のカラー版「幽霊画談」に精霊田の詳細が水木先生の絵と共に載っていました。

岐阜県と長野県両県にまたがる乗鞍岳群峰の山頂、千町ヶ原の沼で。山案内人の上牧太郎氏がある夜、何十人という白帷子姿の男女が争って水を飲んでいるのを見た。
「何しとるだ。」
と声をかけると、そのうちの一人が驚いたように振り向いたが、その額には白い三角の頭巾に伸び放題の髪、両眼は真っ赤に燃えてその恐ろしさと言ったらなかった。
上牧氏は一心に仏の名を呼び続け、ふと我に返ると亡者たちの姿は消えていた。

千町ヶ原は「精霊田」と呼ばれていて、昔から美濃、尾張地方の亡者が立山の地獄谷へ向かう途中、ここで水を飲むという伝説があるそうで、牧野氏はその伝説を目の当たりにしたというわけだ。

このお話を調べていくうちに「亡者の通る道」との関係が分かってきました。

まん日の「亡者の通る道」とよく似たお話。というかこのお話が原作じゃないか?と思われる「がたがた橋(がたがたばし)」は、飛騨小坂(現・岐阜県下呂市)にあったといわれる橋にまつわる伝説。

小坂の金右衛門という者の家の前に小さな板橋があり、峠を越えて隣村へ行くためにさかんに利用されていた。

ある夜。金右衛門が家にいると、ガタガタと橋をわたる大きな音が聞こえ、ひそひそと人の声が聞こえた。こんな夜に峠越えは危険だと思って外を見ると、人影はまったく見えない。こうした不思議なことが毎晩続き、やがて雨の夜には橋をわたる音に混じって、悲しそうな泣き声が聞こえるようになった。

気味悪く思った金右衛門が占い師に占ってもらったところ、彼の家の前は隣村を越えて越中(現・富山県)立山まで続いており、立山にはさまざまな地獄があるので、地獄へ墜ちる亡者たちが橋を通っているとのことだった。

これを聞いた金右衛門は、家の者たちとともに橋から離れた場所へ引っ越すとともに、亡者たちを供養し、橋のそばには経塚を立てた。以来、これまでのような怪異はなくなったという。

なお、このほかにも音を伴った橋の名は「がたがた橋」「ドウドウ橋」「ドタドタ橋」など多くあり、川の流れが橋や橋桁にあたる音から想像されたものと考えられている。そのために飛騨の「がたがた橋」についても、同様に川の流れの音から「がたがた橋」と名づけられていたものが「立山地獄へ向かう亡者たちが境に架けられた橋の上をわたる音」と後付けの解釈を施されたもの、とする説もある。

立山地獄への通り道にまつわる類話として、岐阜や愛知県の亡者たちが立山地獄へ向かう途中、乗鞍岳山頂の千町ヶ原の沼で水を飲むという伝説があり、「精霊田(しょうらいだ)」と呼ばれた。
マルコ  投稿日時 2013/2/26 15:35
以前、立山旅行に行った時に弥陀ケ原の「餓鬼田」というものを見てきました。
詳しく説明します。
弥陀ヶ原台地に大小3,000個近く点在する高層湿原特有の地塘のことです。〈餓鬼の田圃〉とも呼ばれ、水底や周辺に生育している種々の植物が早苗を植えた水田に似ていることから、罪を犯して地獄の餓鬼道に墜ちた亡者が飢えを凌ぐために耕作している田圃に見立てられました。『立山略縁起』は、春・秋の彼岸の日に弥陀化仏菩薩がこの原に集い、田作業をしたり音楽を奏で、舞を舞って精霊を慰めたところから〈精霊田〉といった-と記しています。立山曼荼羅図にも描かれています。

なんというか、餓鬼がでてくるような不気味な感じはなくて、爽やかな風の吹く草原のなかにある小さな浅い池?水たまり?のような感じでしたね・・・。その池の中に、稲みたいなツンツン生えている草があって、まさに田んぼみたいでした。
ここに生える稲のような草は、ミヤマホタルイというカヤツリグサ科の植物で、周囲にはワタスゲの群落やモウセンゴケなどの湿生植物が見られます!!
oiroku  投稿日時 2013/1/26 10:19
「猟をしてはならん」と忠告する爺様は「十六人谷」の太助爺さんにそっくり。
同じ飛騨だから同一人物か…と思ったがこっちの爺様は目がつぶれてる。

あと、あらすじは大筋は一緒ですがだいぶニュアンスが違う気がします。
araya  投稿日時 2011/11/23 6:16 | 最終変更
Googleマップに「千町ヶ原」の地名がありましたので、そちらのポイントをお知らせします。
http://g.co/maps/hcxtd

しかも、国土地理院の地図で見ると「精霊田」もある荒れ地でした。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=137.50420138969&latitude=36.109680182589

こちらのポイントに変更をお願いします♪
araya  投稿日時 2011/11/23 1:14 | 最終変更
飛騨の話で、乗鞍岳の西の麓に「精霊田」と呼ばれる小池ほどの沼が幾つもある千町ヶ原が舞台とのことです。ちなみに、今の千町ヶ原は見渡す限りの針葉樹林で沼がある湿地帯ではないようです。

また、作品中では「精霊田」をセイレイデンと呼んでいましたが、本来はショウライダというらしく、亡者が集まり水を飲む場所だそうです。

http://youkaitama.seesaa.net/article/218835572.html
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