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No.0685
ゆきつきよのおさん
雪月夜のお産

放送回:0429-B  放送日:1984年02月04日(昭和59年02月04日)
演出:三輪孝輝  文芸:沖島勲  美術:三輪孝輝  作画:三輪孝輝
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雪月夜に呼ばれたお医者さんの不思議なお話

昔、宮城のある村に龍沢(りゅうたく)先生という医者が住んでいた。60才を過ぎても一日中、患者のためにあちこち元気に飛び回っていた。

ある雪の降る真夜中のこと一人の若者が訪ねてきた。先に起きた奥さんがどこの家なのか聞いたが山を指さすだけで何も言わない。しかし龍沢先生は蓑に雪靴を履いて準備を整え、若者の馬に乗って出発した。

真夜中だったので龍沢先生は馬の上で眠ってしまった。着いた場所は大きな屋敷だった。屋敷に入ると奥さんらしい人が先生を一番奥の部屋に案内した。

部屋には美しい娘が寝ていて、傍には父親と妹らしい2人の娘が心配そうにしていた。先生は娘の脈をとると、お産の準備に取りかかった。娘のお産はとても難産で三時(六時間)かかったが無事に双子の男の子が産まれた。

家族は大喜びで先生をご馳走とお酒でもてなし、普段の十倍近い大金を強引に先生に受け取らせた。龍沢先生は改めて家の場所と名前を聞いたが、奥さんは何も言わずに深く頭を下げるだけだった。若者の馬に乗って帰路についたが疲れとほろ酔いで再び馬の上で眠ってしまった。

目を覚ますと家の前だった。家に入ると奥さんが出迎えた。まだ半時(一時間)しか経っていないという奥さんの言葉に驚いた先生が外に出ると、出掛けた時と月の位置が変わらず、また雪の上に「狐の足跡」が付いていた。

龍沢先生の腕と人柄を見込んで狐がお産を頼みに来たのだった。その後も龍沢先生は元気に治療を続けたという。

(投稿者: のんの 投稿日時 2012-5-1 0:44 )


ナレーション市原悦子
出典東北農山漁村文化協会(未来社刊)より
出典詳細みちのくの民話(日本の民話 別1巻),東北農山漁村文化協会,未来社,1956年06月10日,原題「狐のお産」,原文「宮城県桃生郡河南町の岩倉秋湖」,話者「宮城県名取高校教諭の浜田隼雄」
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※掲載情報は 2012/5/1 1:37 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2015/11/4 15:15
河南町(かなんちょう)は、平成17年(2005年)まで宮城県桃生郡(ものうぐん)にあった町。現在は石巻市の一部。
歴史
江戸時代、仙台藩 桃生郡 深谷 (北方郡奉行 広淵代官所) 区分に属していた。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、旧来の鹿又村単独で村制施行。
前谷地村と和淵村が合併して新制の前谷地村が発足。
赤井村・大窪村・塩入村・北村・須江村・広淵村の計6か村が合併して深谷村が発足。
明治29年(1896年)4月1日 - 深谷村を廃止。村域を赤井村・大塩村(旧大窪村および塩入村)・北村・須江村・広淵村の5か村に分割。
昭和30年(1955年)3月21日 - 鹿又村・北村・須江村・広淵村・前谷地村が合併し、河南町が発足。
平成17年(2005年)4月1日 - 雄勝町・河北町・北上町・桃生町・牡鹿郡牡鹿町と共に石巻市と合併し、新制の石巻市の一部となる。

「ひとめぼれ」等の米を中心とする農業。
2004年8月31日当時の世帯数は5,069世帯であった。
駅:JR 前谷地駅 - 佳景山駅 - 鹿又駅 - 曽波神駅 ・ 和渕駅
山:旭山・和淵山・曽波神山
河川:旧北上川・江合川・青木川
名跡等:宝ヶ峰縄文記念館(入場料:大人500円)・県立自然公園旭山・鹿島ばやし・齋藤氏庭園
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%8D%97%E7%94%BA_(%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E7%9C%8C)
ゲスト  投稿日時 2015/11/4 14:45
宮城県名取高等学校(みやぎけん なとりこうとうがっこう)は、宮城県岩沼市にある県立高等学校。
1924年(大正13年) - 岩沼実科高等女学校として開校(生徒定員 男女480名)。校章制定。
1948年(昭和23年)、本校の所在地である名取郡岩沼町の郡名を採って名取高校と改称した。一方、1955年(昭和30年)に隣接する名取郡増田町などが合併して名取郡名取町となり、1958年(昭和33年)には市制施行して名取市となった。その後、1961年(昭和36年)に岩沼町が市制施行して岩沼市となり、本校の所在地から「名取」の名称はなくなった(1988年に秋保町が仙台市に編入されて名取郡は消滅)。このため、現在「名取」と言えば名取市を指すような状況になっており、本校を紹介する際に「名取市にある高校ではない」と前置きしなければならないこともしばしばである。なお、前述のとおり名取市には名取北高校がある。
http://natori-h.myswan.ne.jp/index.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E7%9C%8C%E5%90%8D%E5%8F%96%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1
ゲスト  投稿日時 2015/11/4 14:30
狐のお産
 むかしむかし、昔は今みたい病院さ行ってお産するなてなくて、ほとんどみな産婆さんに来てもらってお産ていうなしたもんだど。
 ある時、すばらしい上手な産婆さんなもんだから、隣の村から迎えに来た。て、行って、ほして難産を何とかかんとか取り上げて呉た。ほうしたれば、何だか窮屈で、やっと入口入って行ったような気する。ほして銭いっぱいもらってきて、村はずれまで来たれば、
「おれ、こっから送らんねがら、こっから一人ばり行ってけらっしゃいはぁ」
「なして」て聞いだれば、
「犬恐かない」て言うたって。犬恐かないなて不思議なもんだ。村さ行ぐと犬いっからなれって、言うて、ほっから戻って行ってしまった。おかしいこともあるもんだと思って、家さ来て銭あけてみたれば、はいつぁ木の葉だったど。
「はぁ、ほんでは、おれ、狐にだまさっだんだ」
 ほうしたれば、体中みな汚っでいだっけて。狐の穴の中さ入って行って、お産させてきた。んだげんど、その産婆さんが非常に喜んだって。人間ばり、おれば名人だ何だていうんでなくて、狐までおれば頼んで呉けっかていうわけで、大変気分ええぐしたけど。どんぴんからりん、すっからりん。
東北文教大学短期大学部民話研究センター 民話アーカイブ
蛤姫(下)佐藤家の昔話(八) 79
案楽城郵便局長故佐藤陸三氏(山形県真室川町)
http://www.t-bunkyo.jp/library/minwa/archives/hamagurihime_ge/text/79.html
やのっぷ  投稿日時 2014/4/7 15:26
似たような話が多々ありますが、私の祖々々父がそうであったという原文としてもっと詳細に残っている資料があります。出元は岩手県二戸市です。地域でも語り継がれています。『昔話BBweb-Arena』で検索すればさらに分かります。
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