No.0659
あさせばなし
浅瀬ばなし

放送回:0414-A  放送日:1983年10月15日(昭和58年10月15日)
演出:こはなわためお  文芸:沖島勲  美術:小関俊之  作画:柏木郷子
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あらすじ

むかし三河の国の鵜飼島(うかいじま)に鵜を飼っておる金持ちの家があって、そこに一人の娘が奉公しておった。この娘、年頃になると村人も吃驚するような器量良しになった。ところが、いつの頃からか娘は急に黙りこくって、何にも喋らなくなってしもうたそうな。

そのうちに、娘は毎朝豊川に行くという噂がたち、もの好きな若者達は、ある朝こっそり娘の後をつけて行ったそうな。娘が豊川の河原に降りて行くと、対岸の川岸に一人の男が現れた。男は川向こうの村で働く作男で、二人はどうしようもないほど好き合っておったのじゃ。じゃが、橋も架けられんほど深く、流れの速い豊川の淵じゃ。二人は、会いたくても、毎朝川を挟んでしか会えんのじゃった。

若者達の知らせで、二人のことは村中に広まっちまった。娘は恥ずかしくて家から出ることもできん。好きな人と一緒になることもできん。娘はすっかり思いつめて、もう死んでしまおうと真夜中に豊川の河原にやってきた。

身投げのために娘が河原の石を袂に詰めておると、「死んじゃ、いかん!」と、男の声が聞こえた気がした。「そうじゃ。死んでしまうより、この石で川の淵を埋めてあの人に会いに行けばええ。」そう思った娘は、河原の石を次々に川に投げ込み始めた。

やがて朝になり、川向こうに男が現れると、二人は川の両岸から石を投げ込み始めた。それからは、毎日毎日二人は石を投げ込んだ。初めのうちは面白がって見ておった村人達も、二人の真剣さに心打たれちまって、やがて一緒になって石を投げ込んでくれるようになった。

毎日毎日、皆で、やって来ては投げ、通りがかりに投げ、仕事のついでに投げ込んでおるうちに、いつの間にか十年もの月日が経った。そうしてとうとう、底もしれんほど深い豊川の淵が、渡って行ける浅瀬になっちまった。その時、二人は浅瀬の真ん中で抱き合って泣き、それを見ておった両岸の村人達も、まるで自分のことのように涙をこぼして喜んだそうな。

この浅瀬は、輪くぐり様の鳥居に近い所にあるので『鳥居松の瀬』と呼ばれ、今でも豊川の鮎の良い釣り場になっているそうじゃ。

(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-8-11 18:18 )


ナレーション常田富士男
出典寺沢正美(未来社刊)より
出典詳細三河の民話(日本の民話65),寺沢正美,未来社,1978年04月10日,原題「浅瀬を作った娘」,採録地「宝飯郡」,話者「菅沼武夫」
場所について二人が作った浅瀬(鳥居松)江島橋の上流約400メートル
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地図:二人が作った浅瀬(鳥居松)江島橋の上流約400メートル
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※掲載情報は 2013/8/11 18:33 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2016/1/27 14:36
「雑仕橋」と「浅瀬ばなし」は似ていますね。
yassan  投稿日時 2013/9/1 10:40
詳細な情報ありがとうございました!!地元の方の情報は助かります。

鳥居松の場所ですが、江島橋の上流約400メートルに訂正しました。もし違うようでしたら、お手数ですがまたこちらにレスを下さると助かります。
ゲスト  投稿日時 2013/9/1 1:07
鳥居松の場所について
鳥居松の場所が違います。豊川市江島町(江村と鵜飼島村が合併して江島村となった)と東上町の間を流れる豊川の場所を示す言葉です。鳥居松の上流には『おりそ』と呼んだ深水のある場所もありました。鳥居松は現在の江島橋から上流400m辺りを示す地元の人だけが分かる地名で、地図には載っていません。小学生の頃上級生や大人たちが『とりまつ』と言っていたので、鳥松と思い込んでいました。中学生になると対岸にある鳥居と松で鳥居松ということを知りました。小学校にプールができるまでは江村子ども会の水泳場でした。物語の最後の一文にある『輪くぐり様』とは、現在は対岸東上町にある『わくぐり神社』(昔は江村地内にあったが度々の水害のため本宮山麓に移築の言い伝えあり)のことでその鳥居が対岸の堤防近くにあります。

araya  投稿日時 2012/1/26 17:13
地図情報ですが、下記のサイトに『三河の民話』(寺沢正美,未来社)の「浅瀬をつくった娘」が転載されており、娘が住んだ地名として「鵜飼島」の記載がありました。また、採録地情報の箇所では、原典で「宝飯郡」とある記載が「江島」に書き換えられていますので、この民話が愛知県豊川市江島町の鵜飼島の話と分かるかと思います。
http://www.ccnet-ai.ne.jp/angorou/itimiyamukasibanasi/03.doc
また、江島町と鵜飼島で調べますと下記のサイトがあり、そこの「江島神社」の項で、江島神社が「宝飯郡鵜飼島天神宮一宇」という棟札を有し、社宝の鰐口にも「鵜飼島村願主 野沢木藤次郎」とあることが書かれてますので、江島神社がある愛知県豊川市江島町西脇の一帯が娘のいた「鵜飼島村」となるかと。
http://marukin777.com/ichinomiya/jinjya/ejima.html

ここからは推測ですが、原典には①「豊川の堤」で川向うの作男と逢瀬を重ねたこと、②二人が石で埋めた浅瀬が「わくぐり様の鳥居の近い」ことから、③「鳥居松の瀬」と呼ばれたこと。これらを踏まえて調べますと、堤は洪水時に浸水する「金沢堤」といわれる霞堤( http://www.cbr.mlit.go.jp/toyohashi/pamph/pdf/toyogawa_kasumitei.pdf )のことのようですので、その近辺で神社や松の字を含んだ地名や浅瀬がある場所となると、対岸に松原町という地名があり、素戔嗚神社というものもあり、広い浅瀬もある下記のポイントが二人が渕を埋めた「鳥居松の瀬」ではないかと思われます。
http://g.co/maps/rejvk

適当ではないですが、あくまで推測ですので、後は現地の方からの情報を待ちたいと思います(^_^)。
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