雪がしんしんと降り続いているある夜の事、一人の男が女房に向かって話しはじめました。
昔、長野の塩尻に、病気の母親と暮らす一人の博打好きな若者がいました。若者は毎日博打に明け暮れ、その日もスッカラカンになって明け方頃に帰ってきました。すると母親はもう虫の息で、さすがの男もその時ばかりは心配しました。
その辺りには医者もいないし、薬を買うお金もない。若者は隣のじい様から聞いた「またたびの水を飲ませれば病気が治るかもしれない」という言葉に、急いで山へ向かいました。しかし、その日に限ってなかなかまたたびは見つからず、ようやく「かもしか岩」の下にまたたびを見つけてツルを切ってみましたが、どういう訳かちっとも水が出てきませんでした。
既に夕方ちかくになっていて、焦った若者が「神様ー!おっ母の命を助けてくれろ」と叫びましたが、結局水は一滴も出てきませんでした。日がとっぷりと暮れた頃、山のこだまのように「せがれや、もうええよぉ」と母親の声が聞こえてきました。この声を聞いた若者が、家に走り帰ると既に母親は死んでいました。若者の持ち帰ったふくべ(ひょうたんの入れ物)には、またたびの水が一杯に入っていましたが、、、
「もう何もかも間に合わない話だよ」と、自分自身に問いかけるように話していた男に向かって、女房は言いました。「間に合ったものが一つだけあったよ、親を思う心じゃ。そんな事があってから、その人は博打も酒もやめて私と子供のために汗水流して働いてくれている」優しく言う女房の顔を見た男は、少しだけ笑顔を見せました。
(紅子 2012-2-9 23:48)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 長野県 |
DVD情報 | DVD-BOX第8集(DVD第37巻) |
場所について | 塩尻市大字宗賀(地図は適当) |
講談社の300より | 書籍によると「長野県のお話」 |
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