むかし、伊勢の国の永井の里の辺りは一面の沼地だった。沼といっても濁った水ではなく、この沼はいつも澄んだ水をたたえていた。春には沼辺に白い花が咲き、温まった水は産まれたばかりの生き物をはぐくんだ。夏には蛍が沼の周りを飛び交い、秋には紅葉した木立が沼の水面を赤く彩り、人々の目を楽しませた。
ところで、この沼には井出の宮というお宮さんがあり、このお宮の辺りには不思議な葦が生えていた。それは、どの葦にも葉が片方しか付いていないのだ。
それについては、次のような話が残されている。冬、寒空に北斗星が輝く頃、長旅を続けてきた雁(かり)の群れがこの沼に飛来する。雁たちは、ここ永井の里で越冬するために、毎年北国から飛来するのだった。そして村人たちは、この雁の飛来を見て冬の訪れを知るのだった。
やがて、山の雪が解け始め春が近づくと、雁たちは生まれ故郷の北国へ帰らなければならない。一度飛び立てば広い海の上では休むことも出来ず、それは果てしない旅であった。そのため、途中でとうとう力尽き、海に落ちてゆく仲間がいても雁たちはどうすることも出来ないのだった。
それで雁たちは、北国に帰る日に井出のお宮の神様にお願いに上がることにした。雁たちは、「新しく生えた葦の葉を1枚ずつ下さい」と神様にお願いした。神様は雁たちの願いを聞き入れ、雁たちはそれぞれ1枚ずつ葦の葉を口のくわえ、北の空へ飛び立って行く。そして途中で飛ぶのに疲れると、海の上に葦の葉を浮かべ、その上で休むのだった。
こうした訳で、井出のお宮の葦は片方しか葉がないのだそうだ。そして、これは井出のお宮の神様の雁たちへのあたたかい思いやりなのだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-8-27 9:20 )
ナレーション | 常田富士男/市原悦子 |
出典 | 三重県菰野町 |
場所について | 井手神社 |
講談社の300より | 書籍によると「三重県のお話」 |
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