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No.0437
しばえもんだぬき
柴右衛門だぬき

放送回:0273-A  放送日:1981年01月24日(昭和56年01月24日)
演出:芝山努  文芸:沖島勲  美術:門野真理子  作画:須田裕美子
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あらすじ

昔、淡路島の洲本の裏の三熊山(みくまやま)に、芝右衛門という狸とお増(おます)という夫婦のたぬきが住んでいた。

芝右衛門だぬきが三熊山の頂上で腹鼓を打った翌日は、いつも大漁であった。芝右衛門だぬきは、人間に化けて木の葉の金で魚を買うようないたずらもしたが、村人たちは芝右衛門を悪だぬきとは思わなかった。

土地の者が道に迷ったりすると、芝右衛門だぬきが道案内をしたりもしたので、島の者から愛されていた。芝右衛門だぬきに親切にされた人々は、お礼として一升徳利の酒を収めていた。

ある時、芝右衛門だぬきはお増と一緒に浪速へ芝居見物に出かけた。芝右衛門だぬきとお増は、人間に化けて浪速へ船で向かった。浪速は何から何まで淡路島とは違い、夫婦はすっかり調子がくるってしまった。

心配したお増が「島へ早く帰ろう」と促すが、芝右衛門だぬきはすっかり上機嫌で三つ目の化け物に化けて、浪速の人々を驚かしてみせた。すると、化け物騒ぎを聞きつけた役人が飛んできて、お増を斬り殺した。

芝右衛門だぬきは大変悲しんだが、島へはすぐに帰ろうとせず、意地になって浪速で評判の芝居を見に行った。芝右衛門だぬきはお増にそっくりな女形役者が出てくる、その芝居にはまってしまい、毎日芝居を見に行くようになった。

その頃、芝居小屋では、毎日客の置いていく金の中に、木の葉が混じっていることに気が付いていた。芝居の千秋楽の日に、芝居小屋の管理人は犬を芝居小屋の陰に潜ませていた。芝居が終わった頃、芝右衛門だぬきは犬たちに襲われ、ついには殺されてしまった。

その後、淡路島の人たちは、三熊山の山頂に芝右衛門だぬきの墓と祠を建てた。そして浪速の道頓堀の芝居小屋の人たちも、毎年淡路島へお参りに来るようになったという。

(投稿者: カケス 投稿日時 2013-11-3 16:09)

 


ナレーション市原悦子
出典宮崎修二朗(未来社刊)より
出典詳細兵庫の民話(日本の民話25),宮崎修二朗、徳山静子,未来社,1960年01月31日,原題「柴衛門だぬき」,採録地「洲本市」,採集「児島博一」
場所について洲本八幡神社(柴右衛門神社)
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地図:洲本八幡神社(柴右衛門神社)
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※掲載情報は 2013/11/3 19:07 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2015/11/3 19:15
=亡くなったその後について=
芝右衛門の死後、中座では客の入りが悪くなり「芝右衛門を殺した祟りだ」と噂が立ったので、芝右衛門を芝居小屋に祀ったところ、また客足が良くなった。以来、芝右衛門は人気の神として中村雁治郎、片岡仁左衛門、藤山寛美といった多くの役者たちに厚く信仰されてきた。後に芝右衛門の里帰りと称し、寛美や仁左衛門らの寄進により洲本市に芝右衛門の祠が建てられた。現在では芝右衛門の祠は三熊山頂上の洲本城跡に近くにあり、芝居好きであった芝右衛門の伝説から、今なお芸能人の参拝が多い。中座に祀られていた「柴右衛門大明神」も2000年に「里帰り」し、現在は洲本八幡神社に祀られている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80%E7%8B%B8

芝右衛門狸と藤山寛美
「浪速の中座で大狸が犬に噛まれて死んだそうだ」という噂が伝わり、地元の人は「その大狸こそ芝右衛門だったに違いない」ということで、古巣三熊山に祠を建ててこれを祀ったのである。江戸時代初期の話である。ところが、不思議なことに、中座ではそれ以後、客の入りが悪くなり、いつの頃からか芝居関係者の間で「芝右衛門狸を殺したことの祟りに違いない」ということになって、芝居小屋の奈落(舞台の下)に芝右衛門狸を祀り、この霊を慰めたところ、またかつてのように、大勢のお客が入るようになったのである。以来三百余年。中座では芝右衛門狸が「人気の神様」ということで、この芝居小屋で芸を披露する役者たちから厚い信仰を受けてきた。なかでも、上方歌舞伎の名優先代の中村雁次郎や先代の片岡仁左衛門、さらには、この中座が松竹新喜劇のホームグラウンドになっていたこともあり、藤山寛美たちによって厚く信仰され、昭和32年(1959年)には「淡路へ里帰り」ということで、洲本城内に寛美や仁左衛門などの寄進により、芝右衛門狸の祠が建てられたりもした。
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-140.htm

柴右衛門狸大明神
平成11年10月に閉館した大阪の道頓堀にあった松竹中座の奈落には、八兵衛という狸が祀られていた。
江戸時代、この狸は人間に化けて淡路の国から初代片岡仁左衛門(1658~1715)の芝居を見にきていたが、木戸銭に木の葉が混ざっていることに不審を抱いた劇場の人間が放った犬に食い殺された、という伝説を持つ。その後、中座から客足が遠くようになったが、仁左衛門の夢に現れた八兵衛狸の「祀ってくれ」という頼みに従い、その通りにすると再び中座は活気を取り戻したそうである。
この八兵衛狸は、淡路に伝わる柴右衛門狸のことであるというのが通説であり、中座の閉館が決定した際に「淡路へ返そう」と提案された。が、八兵衛狸を祀る小祠には中座の氏神である生国魂神社(天王寺区)の摂社、源九郎稲荷の分霊も合祀されているため、淡路と生国魂神社の間にて本家争いが起きた。
結果的には「どちらも本家」ということに落ち着き、11月1日、淡路の洲本に返還され、「芝居の神様、柴右衛門狸大明神」として、蜂須賀家の祈願所であった洲本八幡神社に祀られました。
http://www.katch.ne.jp/~msyk-tsj/sibaemon.html
ゲスト  投稿日時 2015/11/3 18:39
「たぬき舟」和歌山の加太のお話でも、柴右衛門だぬき が出てきますね。
このお話では 柴右衛門だぬき 夫婦が亡くなってしまうのですね。
たぬき舟 では、心優しい善きタヌキだったので、とても悲しくなりました。
ただ、地元で祭られて庶民に愛され続けていることが、面白いし凄いと感じました。
beniko  投稿日時 2013/1/14 19:09
こんにちは。
紅子は、未来社の民話の本は出典元であるお話しか読んでないので、ノーチェックですねえ。
(答えになってませんが、一応管理人としてご返信します)
もも  投稿日時 2013/1/14 16:41
ひとつよろしいでしょうか日本の民話 25 兵庫の民話には息子の芝太郎の話はありましたか?
beniko  投稿日時 2011/7/26 1:48 | 最終変更
書き込みをヒントに検索したら、洲本八幡神社の写真を見ることができました。柴右衛門の石象があってかわいいですね。早速、マッピングしました、情報ありがとうございました。(この話は好きなお話しの一つです、かなり悲しいけど)
ゲスト  投稿日時 2011/7/25 20:07
出典本と比較すると
三熊山ではなくお城山
漁師達は出てこない
しばえもん達は、緊張せず陽気に楽しんでる
おますは、化け比べ中に大名行列を芝右衛門が化けたものと勘違いしてに殺されてしまう
役者たちは芝右衛門を庇ってくれない
芝右衛門とおますの稲荷が作られいる。
息子の話に続いている。

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