昔、伊豆の三浜(みはま)というところに、働き者の貧しい男がいた。男がいくら働いても、荒れ果てた畑からは、食えるものはなにもとれなかった。そんなある夜、男は不思議な夢を見た。広い荒れ地に白い馬が現れ、金に輝く粟の穂を食べている夢だった。目を覚ました男は、夢に出てきた場所が、蛇野が原(あざのがはら)にそっくりなことに気がついた。
そこで次の日、蛇野が原へ行ってみると、なんとそこには、夢でみた白い馬が、金の粟の穂を口にくわえていたのだった。「ああ、ありがたや。きっとここを耕せという神様のおぼしめに違いない。」男は夢中で、蛇野が原一帯の荒れ地を耕し、白い馬がくわえていた金の粟の穂を植えまくった。そうして秋になると、粟の穂は見事に実り、蛇野が原は、金に輝く粟で目もくらむばかりの大豊作となった。こうして男は、たちまち「粟の長者」と呼ばれる大金持ちになった。男は、有り余る粟を家の屋根から壁まであらゆる所に塗りこみ、ピカピカの家を建てた。
それから何年かたったある年のこと。村は大変な飢饉にみまわれ、食べ物がなくなった村人たちは、粟の長者の家に、粟を恵んでくれとやってきた。ところが、贅沢に慣れ、飢えの苦しみを忘れた粟の長者は、「この粟はわしのものじゃ。一粒もやらんわい。」と、村人たちを追い返してしまった。それからのこと、飢えに耐えかねた村人たちが、長者の寝ているすきに、長者の家の壁に塗りこめてあった粟をむしとりはじめた。元々はこの長者も貧しい百姓だったのに、すっかり欲深になっていたのだろう。長者は壁の粟を取られまいと、壁中に何重にも厚く泥をぬってしまった。これには村人たちも困ってしまい、なくなく村を去っていった。
その夜、長者がぐっすりと眠りについた頃。カリカリという音が、蔵の方から聞こえてきた。目を覚ました長者は、蔵へ行ってみてびっくりした。蔵の中で、何千、何万というネズミがカリカリと粟を食べていたのだ。そうして不思議なことに、ネズミたちは蔵の粟を食べ尽くすと、一つのかたまりとなって外へ飛び出し、やがて白い馬に姿を変え、空へとのぼっていってしまった。
「あ、あの馬は、昔わしが夢で見た神様の馬!」長者はやっと思い出した。貧しくて、一日中ひもじい思いをしていた時のことを。「わしは神様によって長者にしてもろうたのに、貧しい人に粟の一粒も恵んでやれんかった。それで神様が怒りなさったんじゃ。神様、許してくださいませえ。」それからというもの、男は元の百姓に戻り、また畑を耕しはじめたそうだ。
(投稿者: 十畳 投稿日時 2011-8-2 14:25 )
ナレーション | 未見のため不明 |
出典 | クレジット不明 |
場所について | 賀茂郡南伊豆町天神原(長者ケ原付近) |
本の情報 | 国際情報社BOX絵本パート2-第064巻(発刊日:1980年かも)/講談社テレビ名作えほん第076巻(発刊日:1987年5月) |
絵本からの解説 | 長者話には、貧乏な男がいい行いをして、その報いで長者になり、めでたしめでし…という話と、金持ちになったため心がおごり、やがては元も子もなくしてしまうという話があります。そのどちらの種もわたしたち人間はもっており、心がおごって不幸になってしまった長者にも、ただ単にざまぁみろ!とはいえない、自分の一面をのぞいてしまったような感情をいだくものです。静岡県南伊豆町長者が原が舞台になっているこの話、貧しい男が夢を見てそれがきっかけで大金持ちになり、今度は貧しい時の事をわすれて人助けもせず、ついに元の木阿弥、ばちが当たった…ということでしょうか。(国際情報社の絵本より) |
講談社の300より | 書籍によると「静岡県のお話」 |
このお話の評価 | 8.67 (投票数 3) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧