昔、酒匂川(さかわがわ)の海に近いほとりに正助(しょうすけ)というネギ売りの男が住んでいた。この正助という男、馬鹿が付くほどの正直者だったので、商売の方は下手で、その日食っていくのもままならなかった。
今日もネギはあまり売れず、「こう売れないと嫁も貰えねえな。」と一人つぶやいていると、川の中から亀が正助を呼ぶ。「よいところへご案内しましょう。私の背中に乗って目をつぶってください。」亀は、正助を海底の龍宮に連れて行った。
竜宮に着くと、正助は竜王のもとに案内された。地上の人間は嘘つきが多い中で、正助の馬鹿正直なところを竜王は気に入り、正助を竜宮に招待したのだった。正助はそこでは色々ともてなされて、竜王から竜宮の宝物の中から何でも好きな物を持っていってよいと言われた。正助は宝物などは欲しくなく、嫁さんが欲しいと竜王に言った。すると、竜王は竜宮の美しい娘を一人、正助の嫁に取らせた。
キサという名のこの美しい娘は正助と村に帰り、夫婦睦まじく暮らしていた。正助は相変わらずの貧乏暮らしだったが、不思議なことに、キサが来てから空っぽの米びつに米がたくさん入っていたり、キサが掃除をすると床も柱も新品になっていたりした。ところが、キサの美しさを耳にした当時の相模の国司(くにつかさ)は、彼女を自分のものにしようとたくらんだ。
国司は手下の役人に正助を捕らえさせ、館にしょっ引いた。「お前は最近、暮らし向きが急によくなった。悪いことをしてるにちがいない。」と言いがかりをつけ、「罰として、白ごまを黒船に山盛り一杯と、黒ごまを白船に山盛り一杯とを直ちに差し出せ。できなければお前の嫁を召し取る。」と言った。
正直な正助は帰ってからキサにありのままにこのことを話した。するとキサは、浜辺に出て海に向かってパンパンと手を打った。すると白ごまを一杯に積んだ黒船、黒ごまを一杯に積んだ白船が現れた。
国司はこれを見て驚いたが、それでもキサのことを諦めず、再び正助を呼び出すと、また難題を吹っかけた。「ワシは物に驚かん男だ。そのワシを「これはこれは」と言わせるような宝を持って来い。それができないときは、罰としてお前の嫁を召し取る。」
これを聞いたキサは小箱をひとつ取り出した。「これは“これはこれは”という小箱です。この中に私が入りますから、それを国司に差し出してください。」正助は、もしキサがこの小箱の中に入ったら、もう二度と会えなくなることを悟り、思いとどまるように言った。しかし、キサは泣きながら言う「私はこの1年間幸せでした。正助さんのことはきっと忘れません。」そしてキサは、煙のようになって自らその中に入ってしまった。正助はその箱を国司のところへ持って行った。
国司が小箱を開けてみると、中から白蛇が現れた。白蛇は驚いている国司の首に巻きつき、国司を絞め殺してしまった。白蛇は正助に向かって「あなた、さようなら。」と言い残すと、海へ去って行った。悪い国司は退治されたが、正助がその後キサに会えることは二度となかった。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-7-2 9:05 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 神奈川の伝説(角川書店刊)より |
出典詳細 | 神奈川の伝説(日本の伝説20),森比左志,角川書店,1977年7年10日,原題「竜宮からきた嫁(三)」 |
場所について | 小田原市酒匂川の河口付近(地図は適当) |
本の情報 | 国際情報社BOX絵本パート1-第042巻(発刊日:1980年かも) |
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