昔、国のあちこちで戦が起こっていたころの話。
日本海の青海島というところに西円寺という寺があって、その近くにおしずという娘とその父親が暮らしていた。ある日のこと、親子は浜辺で一人の狩人に出会った。このあたりで狩人に出会うということはいささか珍しいものだったので、おしずが狩人のそばに駆け寄ってみると、棒に一匹の子狸が縛られていた。
子狸は目に涙をいっぱい溜めておしずの方を見ていたので、おしずは可哀想に思い、何とかして助けてくれるようにと父親に精一杯頼んだ。父親は娘の優しい心に感心して、狩人に狸を譲ってくれるよう頼んだ。狩人も話がわかると、おしずを大変気に入って、父親が差し出したわずかばかりの銭でも気持ちよく狸を譲ってあげたのだった。そして、おしずは貰ったばかりの狸をさっそく山へ放してやった。狸は嬉しそうに何度も何度もお辞儀をすると、尻尾を振り振り山へと帰って行ったのだった。
それから十年あまりが過ぎ、おしずは今や立派な娘になっていた。そんなある日、おしずは浜辺に何かを見つけた。駆け寄ってみると、それは若い侍であった。戦に負けて逃げてきたらしく、体のあちこちに深い傷を負っており身動きが取れない状態であった。そこは優しい親子のこと、人目を避け見つからぬよう我が家へ連れて行った。
その夜、おしずは山へ薬草を採りにいった。父親が侍の容体を看ている間に、薬草をたくさん採ることが出来た。その日からおしずは毎日朝早くに山へ入るようになった。そして親子の看病のかいあって、若者の体は日に日に良くなっていった。このことが切欠で、おしずと若者はいつからか夫婦としてこの島で暮らすようになっていた。
ところがそんな喜びも束の間、若者を捕まえようと敵の追手がこの島にも押し寄せてきた。父親は転がるようにしてこの事を二人に知らせた。おしずは夫ととも に、父親の言う通り遠く九州の方まで逃れることを決意したのだった。父親は娘夫婦の幸せを願って、島に残ることにしたのであった。そしていつまでも浜辺に立ち尽くしていたそうな。
それから暗くさみしい日々が続いた。そんなある日、父親が浜から帰ってくると、十年前助けたあの狸が家の前で父親の帰りを待っていた。嬉しいやら懐かしいやらで、父親は何度も何度も狸を抱き上げた。それからというもの狸は毎日毎日父親の元を訪ねるようになった。そのうちに父親の身の回りのこともせっせと手伝うようになっていた。
そうこうするうちに五年の月日が流れた。ある秋の夜のこと、なんと娘夫婦が訪ねてきたのだった。そして父親に九州へと一緒に来てくれと頼んだ。娘夫婦の熱心な勧めで、父親も何とか決心することが出来た。その夜、外は満月だった。親子三人は小舟に乗って島を出て行った。残った狸は、西円寺の裏山に登っていつまでも腹鼓を叩いていたという。今も西円寺の入り江近くを静が裏というが、これはおしず達を偲んでつけられたものだという。
(投稿者: kokakutyou 投稿日時 2013-1-1 2:15)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 山口のむかし話(日本標準刊)より |
出典詳細 | 山口のむかし話(各県のむかし話),山口県小学校教育研究会国語部,日本標準,1973年09月01日,原題「西円寺のたぬきばやし」,文「先野恵美代」 |
場所について | 西円寺 |
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