No.0230
きつねだんか
狐檀家

放送回:0143-A  放送日:1978年07月15日(昭和53年07月15日)
演出:漉田實  文芸:漉田實  美術:馬郡美保子(田中静恵)  作画:上口照人
岐阜県 ) 16571hit
あらすじ

昔、飛騨の高山に三木秀綱(ひでつな)という殿様がいて、一匹の白狐をたいそう可愛がっていた。白狐は若君の良い遊び相手でもあり、毎日お城の庭を駆け回って、若君と遊んでいた。

ところが天正十三年のこと、お城は豊臣勢に攻められて落城。殿様は討ち死にしてしまう。落城の際、若君とはぐれた白狐は信州の諏訪へ逃げた。そして人間の姿に化けると、その地に住む千野兵庫(ちのひょうご)という学者のもとを訪ねた。そして名前も蛻庵(ぜいあん)と改め、兵庫の弟子となった。

それから数年経ったある日、兵庫は蛻庵にこんな話をした。それは、秀綱公の若君は木曽の興禅寺で、桂岳和尚(けいがくおしょう)という立派な和尚になっていると言うのだ。これを聞いた蛻庵は、自分の正体を見破った兵庫が、興禅寺に行くように、それとなく勧めてくれたのだと考えた。

蛻庵は、兵庫に礼を述べた置手紙を残し、一路木曽の興禅寺へと向かった。白狐は、ここでも蛻庵と名乗って、桂岳和尚に弟子入りすることにした。数年ぶりに若君(桂岳和尚)に再会し、一緒に生活できるようになった蛻庵は、嬉しくてたまらなかった。

そんなある冬の初め、桂岳和尚は蛻庵に頼みがあると言う。それは、飛騨の安国寺に身を寄せている和尚の母上に書状を届け、ここ興禅寺に連れて来てほしいというのだ。

書状を預かった蛻庵は、飛騨の安国寺を目指した。しかし飛騨の高根の日和田(ひわだ)辺りまで来ると日が暮れてしまい、今晩は近くの猟師の家に宿を頼むことにした。

さて、猟師の男が鉄砲の手入れをしている時の事だった。蛻庵を何気なく銃口から覗くと、なんとそこには大きな白狐がいるではないか。この鉄砲は国友という名銃で、銃口から覗けば、どんな妖怪の正体をも見破ると言われている。

そこで猟師は家人が寝静まってから、蛻庵を撃ち殺してしまった。ところがよくよく荷物を見てみれば、そこには桂岳和尚の書状がある。

知らせを聞いた桂岳和尚は深く悲しみ、蛻庵を篤く供養した。また、日和田の村人も蛻庵を不憫に思い、興禅寺に祠を建てて蛻庵を祀ることにした。この時から、日和田は興禅寺の檀家になったと言う話だ。

(投稿者: やっさん 投稿日時 2014/7/25 16:57) 


ナレーション常田富士男
出典信濃の民話(未来社刊)より
出典詳細信濃の民話(日本の民話01),信濃の民話編集委員会,未来社,1957年06月30日,原題「狐檀家」,採録地「西筑摩郡木曽福島町」,話者「興輝寺住職の松山芳山」,再話「松谷みよ子」
場所について蛻庵稲荷(木曽福島の興禅寺)
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地図:蛻庵稲荷(木曽福島の興禅寺)
追加情報
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※掲載情報は 2014/7/25 16:57 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2012/2/18 1:08
この話は結構複雑な話だったな
araya  投稿日時 2011/10/10 16:13
マッピングありがとうございます♪
猟師にまつわる化物退治の話も多いですけど、要らぬ親切が大きなお世話になる損な役回りも多いですね(^_^)。猟師は自分の職務を果たしただけでしょうけど、何も被害を受けてないのであれば見逃してあげることもできたのではないかと思うと、蛻庵が哀れでなりません。
beniko  投稿日時 2011/10/10 15:03 | 最終変更
なるほど。さっそく蛻庵稲荷を地図にマッピングしました。
あらためてお話も見てみましたが、蛻庵は何も悪いことをしていないのに、猟師に撃ち殺されてしまうなんて、ちょっと可哀そうです。
araya  投稿日時 2011/10/10 14:05
この「狐檀家」の蛻庵稲荷の伝説は、
「字を書く狐」
http://www.buddhist-of-hida.jp/kids-mukashi-08-jiwokakukitsune.html
「安国寺のきつね小僧」
http://www6.plala.or.jp/ebisunosato/ankokuzi.html
あたりがベースになっているようですね。

ちなみに、ある動画サイトのコメントで「早太郎伝説のコウゼン寺と同じでしょうか」というものがありましたが、早太郎は信濃の光前寺で、蛻庵は木曽の興禅寺でした。物語の発端となった三木秀綱氏の松倉城は飛騨ですので、木曽が飛騨と信濃の間にあるだけに長野か岐阜か迷いやすい気がしました。
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