No.1465
かつらぎせんにん
葛城仙人

放送回:0947-B  放送日:1994年08月20日(平成06年08月20日)
演出:前田こうせい  文芸:沖島勲  美術:小出英男  作画:前田こうせい
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あらすじ

むかし、葛城山(かつらぎさん)の山奥深くに小鹿(おじか)という男がいた。小鹿は数年前、諸国を巡り歩いている時、行き倒れて死にかけてるところを、ここ葛城山のふもと和泉の里の人々に助けられたのだった。小鹿はそれから葛城山に籠り、仙人になろうとして厳しい修行を積んだ。しかし神通自在を得て、空を飛ぶ仙人になることはなかなか出来るものではなかった。

ある年、ひどい日照りが続いて、和泉の里は田も畑も焼けただれ、作物が全く育たなかった。小鹿はこの惨状を見て、山の中の行場へ向かった。そこには山じゅうの水を集めて、わずかに流れ落ちる滝があった。小鹿はそこで滝に打たれながら、何も食わずに、ひたすら雨の降ることを念じた。山の動物たちも小鹿のために雨乞いの踊りを踊ったが、雨はなかなか降らなかった。

そして三日目の朝、小鹿はバッタリと倒れて意識を失ってしまった。小鹿が生き死にの境をさまよっている中、小鹿の夢に仏様が現れた。仏様は小鹿に言われた。「小鹿よ、おまえが里人を思う気持ちはわかった。おまえに雨を降らせる力を授けよう。このひょうたんを持って、里の空へ飛んで行け。その中には雨の種が入っている。里の上でひとしずくだけ落とすがよい。二しずく落としてはならぬぞ。」

小鹿が目を覚ますと、手には夢で仏様から授かったひょうたんがあった。小鹿はひょうたんを持って山の崖のところに来た。しかし、崖から下を見下ろすと、やはり本当に空を飛べるかどうか不安になった。「オラ、どうなってもいい。あの里を救いたい。」小鹿は意を決して崖から跳んだ。すると、小鹿の体は見事に空を飛んだ。

小鹿は嬉しくなり、里の上空でひょうたんから雨の種を一しずく落とした。すると、たちまち里に雨が降り、土地は息を吹き返した。里人は小鹿を葛城仙人といって里の守り神さんとした。ただ、この守り神さん、おっちょこちょいなところもあり、たまに雨の種を二しずく落としてしまい、村が大水に浸ることもあったそうな。

(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-6-25 11:36 )


参考URL(1)
http://www.city.kishiwada.osaka.jp/soshiki/3/mukashi7-1-katsuragisennin.html
ナレーション常田富士男
出典大阪府
場所について和泉葛城山
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地図:和泉葛城山
追加情報
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※掲載情報は 2011/6/25 20:48 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
4件表示 (全4件)
マルコ  投稿日時 2014/2/6 10:56
ごめんなさい、これからはちゃんとURLと題名書き込みます!!

「猶見たし花に明行神の顔」で有名な大阪の葛城山 の方はマルコのコピペでは無いので、自分で書き込んだものです。

自分の好き勝手書き込んで、紅子さんがご立腹されるのももっともです・・・。

本当にごめんなさい。
beniko  投稿日時 2014/1/30 18:14
マルコさんの投稿された文章は、他サイトからのコピペのようです。
http://www.tenri-u.ac.jp/lifelng/q3tncs0000088gmc.html

コピペする際は、最低でも引用元としてURLをご明記ください。
これまでも何度かお願いしておりますが、今後もご協力いただけないのでしたら、丸ごと削除いたしますので、ご了承ください。
マルコ  投稿日時 2014/1/30 16:55
 葛城は大和国の名所歌枕である。名所歌枕とは和歌に詠み込まれた名所のことであるが、ただ単に和歌に詠まれたというだけに留まらず、歌枕はそれぞれの名所が持つイメージの集団的共有を背景に、和歌的世界の形成に重大な役割を果たしている。

 歌枕「葛城」の場合、その特有のイメージは、この地の土着の神である一言主神(ひとことぬしのかみ)とまた同じく葛城を中心に活躍した役行者(えんのぎょうじゃ)の対立の故事を前提にしている。すなわち、役行者が鬼神たちに命じて(頼んで)、葛城山と吉野の金峰山との間に石橋を作らせようとしたが、一言主神は容貌の醜さを理由に夜にのみ働き昼は働かないので、役行者の怒りを買い、その罰として呪縛されたという伝承である。
 後の葛城を詠み込んだ和歌に多大なる影響を与えた説話であるが、ひとつ興味深いことは、この伝承に登場する一言主という神は少なくとも最初は醜い神ではなく、その容貌に対する描写は時代と共に変遷しているという点である。記紀の時代の一言主神は、例えば「面貌容儀(かほすがた)、天皇に相似」の「長人(たけたかきひと)」(『日本書紀』)とあるように、王者の風格をもつ男神として描写されているのである。

 また、同じ役行者関連説話においても収載作品によって多少の違いがあるが、たとえば『日本霊異記』では一言主神の醜さについては触れられておらず、ここでは橋の建設に不満を持った一言主神が役行者に謀反の罪を着せ、朝廷による逮捕・流罪の憂き目に遭った役行者が却って一言主神を呪縛したという伝承になっている。
 一言主神を醜い神とする記述は古い文献にはなく、そのような説話が登場するのは平安時代以降のようであるが、一言主神の醜さに触れた比較的早いものとしては『三宝絵』にみえる役行者関連説話がある。これは上で紹介した、一言主神と役行者が争う二種類の説話を含む、少なくとも三種類の説話の集成である。既に紹介した二種類の説話もそうだが、各説話間には讒言と橋作りと呪縛の関係をめぐって、その前後関係に微妙な時間的矛盾がある。このような矛盾から考えるとこれらの説話はそれぞれに成立が異なっており、このような現象は口承文芸ゆえの多様性を示すものと考えられるのである。

 ともあれ、歌枕「葛城」は一言主神の橋作りの故事をもとにしている。三十六歌仙の一人として知られる小大君の代表歌に「岩橋の夜の契も絶えぬべし明くる侘しき葛木の神」(『拾遺和歌集』雑賀・一二〇一)がある。その詞書は、藤原朝光が小大君のもとにお忍びで通っていた頃、当時の習俗として男が帰るべき時間である暁になっても帰らないので、小大君が詠んだ歌であると詠歌背景を説明している。
 この歌は、中途で絶えてしまいがちな男女の仲を工事が途絶えてしまった一言主神の石橋に喩え、その醜さゆえに夜明けをつらいと思う一言主神に自身を重ね、作者の繊細な心のうちを表現し得ているが、この対話的な詠歌空間は歌の詠み手・聞き手が醜い神の説話を共有していることによって成立している。この他にも数多くの平安和歌に葛城が詠み込まれているが、その殆どは何らかの形で一言主神の橋作りの故事を踏まえており、特に恋歌に多く詠まれたのは完成しきれなかった橋が恋の危うさ・脆さを連想させたからであろう。
 葛城=一言主神の故事という共通理解はその後の時代の文芸にも継承されていく。謡曲『葛城』では独自の展開として一言主神を醜い女神の姿で再登場させるが、その根底にはやはり歌枕「葛城」の世界観があり、近世期に入ってからも、例えば芭蕉の「猶見たし花に明行(あけゆく)神の顔」という句に至るまで、葛城といえば「神の顔」という連想の関係は一貫して受け継がれている。

マルコ  投稿日時 2014/1/30 16:53
「猶見たし花に明行神の顔」で有名な大阪の葛城山。昔から山岳修行の場として有名だって聞いていました。

この物語の主人公小鹿さんもこの山で修行した人みたいですね。

「オラ、どうなってもいい。あの里を救いたい。」

そんな小鹿の心からの願いが仏様に通じ小鹿は人々を救う仙人になったという話です。

マルコは彼が羨ましい。自分は何にもできないけど、ほかの人が苦しんでいるのを見捨てることができない。どうしても助けてあげたい。そういう熱い気持ちがあって行動できる彼が羨ましい。

マルコは人を思いやる気持ちや、やさしさが足りない。それは、自分のことでせいいっぱいになって周りが見えていない自己中心的、「私のことなんて誰も気にしてくれていない。私は一人だ」っていう被害者妄想に取り付かれているのかもしれない。

「寂しい時もあるけれど、それでもやっぱり生きてます。だって一匹狼は一匹ではないからです」

でも、周りをよく見てみれば、だめな自分を心から心配して怒ってくれたり、明るく笑ってくれたり、慰めてくれる家族がいる。沈んだ顔をしていると、「大丈夫?元気ないんじゃない?」って声をかけてくれる友達がいる。心配してくれて、私が一人で帰ろうと思うと、「マルちゃん駐輪場まで一緒に行こう!!マルちゃんが悲しい顔をしているの放っておけないよ。」といってくれる人がいる。

「青空の日が多いと、青空の美しさがわからない。曇りや雨の日が続いて初めて青空の素晴らしさがわかるんだよ。」

自分のことばっかり考えていると、相手の気持ちがわからなくなる。自分のことばかり考えていると、他の人から優しいことをされても、当然だって思い上がってしまう。

でも、時々周りに目を向けてみれば、他の人の話に耳を傾けてみれば、人のやさしさや思いやりの気持ちを感じることができるのだから。

悲しさと寂しさでねじくれた心を直してくれるのは、人のやさしさだと思います。

マルコは他の人から優しくしてもらって、何度も死にそうなほど悲しい気持ちや不安から救ってもらったから、いつか、困っている人や不安な人を助けてあげたい・・・。

このお話を見て思ったことです。
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