No.1419
さんがねかんのん
三ヶ根観音

放送回:0902-A  放送日:1993年09月04日(平成05年09月04日)
演出:小熊公晴  文芸:沖島勲  美術:安藤ひろみ  作画:坂本英明
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あらすじ

昔、三河の浜辺の村(今の愛知県西尾市)では、はやり病がおこり、多くの人が高い熱を出して苦しんだ。

早くに妻を亡くした漁師の源三の息子「源吉」も、昨日から高い熱を出してうなされるようになった。村人たちが芋や魚をもって源吉の様子を心配して見に来るが、源三は「大したことない」というだけであった。しかし本当は、源吉のことがとても心配だった。

五日たっても六日たっても、源吉の病はよくならなかった。日に日に弱っていく源吉を見ていると、源三はたまらなくなり、夜の浜辺に向かって一心に祈った。

すると、海の沖の方に何やら光るものが見えた。不思議に思った源三は漁師仲間と船を出して、その正体を確かめに行った。それはとても大きく、不気味なこぶが多い古木で、見れば見るほど気味が悪かった。

源三たちは「これがはやり病を起こした疫病神だ」と思い、古木を燃やすことにした。しかし、村中の薪を集めて燃やしても、不気味な古木は小枝一本燃えないのであった。

すると、そこに旅の坊さんが通りかかった。この古木は、魂が宿ったありがたい木であるという。この木を祀れば、はやり病はみんな治るということであった。

その日から坊さんは昼夜を問わず、のみをふるって古木で観音様を作り始めた。やがて大変見事な観音様ができあがると、あれほど苦しんでいた源吉はすっかり元気になった。他のはやり病に苦しんでいた村人たちも、みんな元気になった。坊さんはそれを見ると安心して、村を去って行った。

村人たちは、観音様をこの地域で一番高い三ヶ根山の山頂に祀った。今でも「三ヶ根観音」と呼ばれ、人々の信仰を集めている。

(投稿者: カケス 投稿日時 2013-9-12 20:37 )


ナレーション市原悦子
出典愛知県
場所について三ケ根観音
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地図:三ケ根観音
追加情報
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※掲載情報は 2013/9/12 22:42 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
5件表示 (全5件)
ゲスト  投稿日時 2015/12/2 19:14
幡豆郡(はずぐん)幡豆町(はずちょう)は、愛知県の南部にあった町である。2011年4月1日に西尾市に編入された。
三河湾の中心に位置する。南は三河湾に面しており、北はやや険しい山となっている。三河湾国定公園を構成する三ヶ根山が町の東部にある。現在の西尾市南東部である。
歴史
江戸時代は町域すべてが旗本領であった。
1878年(明治11年) -
西幡豆村(西戸城村・門内村・小野谷村・欠村・八幡村・中村・中門内村が合併)、
鳥羽村、寺部村、
東幡豆村(洲崎村・鹿川村・山口村・谷村・森村・彦田村・小見行村・上畑村・桑畑村が合併)
の4村に統合される(4村の名が現在も大字名に残る)。
1889年(明治22年) - 西幡豆村、鳥羽村、寺部村が統合し、幡豆村になる。
1906年(明治39年) - 幡豆村と東幡豆村が統合し、幡豆村になる。
1928年(昭和3年) - 幡豆村が町制を施行し、幡豆町となる。
2011年(平成23年) - 西尾市に編入。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%A1%E8%B1%86%E7%94%BA
ゲスト  投稿日時 2015/12/2 19:02
三ヶ根山(さんがねさん)は、愛知県額田郡幸田町、西尾市、蒲郡市の境界にある山である。三河湾国定公園に属する。
概要:標高321m。山頂まで三ヶ根山スカイラインが通っている。山頂には回転展望台があったが現在では撤去されている。
周辺:形原温泉・三ヶ根山スカイライン・殉国七士廟・深溝断層
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E3%83%B6%E6%A0%B9%E5%B1%B1
ゲスト  投稿日時 2015/12/2 18:43
疫病の流行をくい止めた霊木の観音様
第十九番札所 薬王山 三ヶ根観音(太山寺)(さんがねかんのん)
本尊  聖観世音菩薩
宗派  真言宗醍醐派
住所  幡豆郡幡豆町大字東幡豆字大境17  三ヶ根山頂
電話  三ヶ根観音 0563ー62-6783 太山寺 0563ー62-6501
拝観料 無料
開基  行基菩薩
創建  神亀元年(724)
交通  三ヶ根山への定期バスはありません。最寄りの駅からタクシーをご利用下さい。
    JR東海道本線三ヶ根駅下車、名鉄蒲郡線形原駅下車、
車   三ヶ根スカイライン東側料金所から約1.4km。
    三ヶ根スカイライン通行料金 普通車410円
駐車場 100台
http://www.asahi-net.or.jp/~gi4k-iws/sub44-19.html
ゲスト  投稿日時 2015/12/2 18:29
三ヶ根観音
奈良に大仏さまができたころのお話です。
 ある年の夏、大変暑い日がいく日も続きました。三河の海辺の村々に、悪い病気がはやり、大勢の人が死んだり、苦しんだりしていました。
幡豆の海ぞいの欠(かけ)村に、源三(げんぞう)言う猟師が住んでいました。六さいになる一人むすこの源吉が、昨日から高い熱を出してうなされていました。父親の源三は大変心配でした。井戸水で頭を冷やしたり、薬草をせんじて飲ませたり、いろいろ手当てをするのですが、熱は少しも下がりません。
源三の家と同じように、二けんはなれた向こうの家ではおかみさんが、裏の家では幼い女の子が、また、東の家ではおばあさんがといったように、あっちでも こっちでも、はやり病で高い熱を出して苦しんでいました。
ある夜、源三が何気なく外へ出ると、海の上のひとところが青白く光っていました。
不思議に思って、次の朝、漁師仲間といっしょに、その辺りまで船をこぎ出しました。
すると、そこには見たこともない大きな木が、波にただよっていました。
「光を出しとったのはこれじゃ。こいつは何ともうす気味悪い形だのう。」
「とにかく、岸へ上げてみようじゃねえか。」
大木につなをしばりつけ、少しずつ船で岸の方へ寄せてきました。引き上げてみると、なるほど、見れば見るはどきみょうな形をしていました。根元はさけ、つき出た枝はとちゅうで折れ、刃物のようにぎらぎら光っています。そのうえ、幹はぼくぼくだらけでした。
「ひょっとして、こいつ疫病神(やくびょうがみ)もしれん。はやり病をもたらした疫病神だ。」
「そうだ。こんなうす気味悪い形で、夜になると光るんじゃからのう。」
そこで、この木は焼き捨ててしまおうということになりました。
村人はまきを集めて山のように積みました。火がつけられ、まきはごうごうと音をたてて燃えました。
しかし、どうしたことか、まきは全部燃えてしまったのに、この変な大木は、少しも燃えずに、元のままの姿で横たわっていました。
村人は困ってしまって、その場にほうっておきました。
ちょうどそのころ、一人の旅の坊さんがこの辺りを通りかかりました。この人は、行基(ぎょうき)さまという国中に名を知られたえらい坊さんでした。
坊さんは不思議な大木の話を聞いて、欠の浜辺へやって来ました。そうして、木の前で手を合わせて静かにお経を唱え、終わると村人に話しかけました。
「これは尊いお方のたましいがやどっている木である。よって、海にはうっておいてはならぬぞ。はやり病もこの木を大切に祭れば治るじゃろう。わたしがこの木で、み仏をほってしんぜよう。」
坊さんはその日から、ほったて小屋にこもって、一心に観音さまの像をほり始めました。
のみで一ほりするたびに、三回拝みます。坊さんは昼も夜もほり続け、
少し横になったかと思うと、また、起き出してのみをふるいました。
みにくい大木は、一ほりごとに美しい観音さまの姿に変わっていきました。
とうとう、でき上がりました。それはみごとな観音さまでした。
三河の国をずっと見わたして、人々の苦しみや悩みをお救いくださるようにと願いをこめ、
この辺りで一番高い三ヶ根山の頂上に祭りました。
大勢の人々が苦しんだはやり病も、みるみる少なくなっていきました。
これも観音さまのおかげと、口から口へと伝わって、あちこちから、たくさんの人たちが三ヶ根観音にお参りするようになりました。そして、頂上を目指して登る道が七つもできたということです。
その信者の中に、あせをふきふき、元気に登って行く源三親子の姿がありました。
〔 解 説 〕
三ヶ根観音は標高三三〇メートルの三ケ根山のほぼ山頂にあって、正しくは寒峯山観音寺といいます。もともとは修験者が修行する場所であったといわれ、御縁起によれば神亀元年(七二四)の創建で、
幡豆町では最古の寺になります。御本尊の聖観音菩薩立像(木像、高さ約一四〇センチメートル)は、行基の一刀三礼の作といわれ、小野ケ谷龍蔵院の観音像(坐像、高さ約九五センチメートル)と
同木で造られたと伝えられています。三ヶ根観音は、三河一帯に名が知られ、参詣者も多く、かつては、歩きの登山口が七か所ありました。戦後は、三ヶ根山が観光地として開発され、自動車道路の開通にともなって、さらに、多くの人が訪れるようになりました。
http://yaromai.dip.jp/keijiban/minwa/sangane.html
カケス  投稿日時 2013/9/12 22:58
この旅の坊さんは、行基上人(ぎょうきしょうにん)であったと伝えられている。
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