昔、陸中(りくちゅう)のマタギに万治(まんじ)と磐司(ばんじ)という若者がいた。万治は名うての猟師で、山へ入れば必ず獲物を取ってきたが、一方の磐司はと言うと、山へ入っても鹿一匹取れない日さえあった。
ある日のこと、万治が山へ入ると、一人の女が苦しそうにしていた。女の人は産気づいており、一杯の水を万治に求めた。ところがこれを聞いた万治は、お産の穢れとは死人の穢れより悪いと言い、女を助けずに山を下りてしまう。
しばらくすると、磐司も山に入ってきた。磐司は苦しそうな女の人を見ると、急いで水を汲みに谷に下りた。ところが磐司が水を汲んでいる間に、なんと十二人の赤ん坊が産まれていたのだ。
女は磐司が汲んできた水を飲むと、自分はこの山の神であると言い、助けてもらったお礼に磐司に山の幸を約束した。一方、苦しんでいる者を助けない万治には、もう山の幸はやれないと言った。それからというもの、磐司が山に入れば必ず獲物を取って帰り、一方の万治は、さっぱり獲物が取れなくなってしまった。
ある時のこと、磐司は早池峰山(はやちねさん)に小屋がけしていた。すると夜中に、ズーン、ズーンと地響きのような足音が小屋に近づいてくる。この足音の正体は、一本足に一つ目の“やまんじぃ”という大きな化け物だった。
やまんじぃは磐司に言う。この山に自分より強い百本足のやまんじぃが攻め込もうとしている。そこで磐司の腕を見込んで、自分に加勢してほしいと。磐司はやまんじぃが可哀想に思え、この頼みを引き受けた。
さて次の日の夜、とうとうやまんじぃたちの戦いが始まった。磐司が百本足のやまんじぃに向けて矢を放つと、矢は見事にその一つ目を射抜いた。早池峰山のやまんじぃは、涙を流して喜び、お礼に磐司を山の奥の洞穴に案内した。
そこからは川の水が流れ出し、洞穴の中は薄紫色の桐の花が咲く一面の桐林だったという。磐司はこの洞穴を“磐司ケ洞(ほら)”と名付けた。磐司の死後、猿ケ石川(さるがいしかわ)に流れる桐の花を見て、村の者が川を遡って磐司ケ洞を見つけようとしたが、不思議なことに誰一人として磐司ケ洞にたどり着いた者はないのだという。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2012-6-4 16:21)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 松谷みよ子(講談社刊)より |
出典詳細 | 日本のむかし話1(松谷みよ子のむかしむかし01),松谷みよ子,講談社,1973年11月20日,原題「磐司ときりの花」,採録地「岩手県」 |
備考 | 採録地は転載された本(日本の伝説上巻,松谷みよ子,講談社,1975年5月15日)で確認 |
このお話の評価 | 7.83 (投票数 6) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧