昔々、島根の頓原(とんばら)の才谷川(さいだにがわ)と神戸川(かんどがわ)が合流する辺りに吉兵衛(よしべえ)という爺さんが一人で住んでおった。
吉兵衛爺さんの気がかりは、近頃雨の夜には決まって地鳴りがして、その後女の泣き声が聞こえてくることじゃった。ある雨の夜、爺さんが声の正体を確かめようと千歯淵(せんばぶち)へ降りてみると、おなごが蹲って泣いておった。
このままでは体に障ると、爺さんはおなごを家に連れて帰ることにした。おなごは何も話さなかったが、爺さんは粥を食べさせ寝間に寝かしてやった。朝になると、おなごの姿は消えてしまっておった。
何日かした雨の夜、また地鳴りがして泣き声が聞こえてきた。爺さんが千歯淵に降りてみると、やっぱりあのおなごが岩を抱いて泣いておった。
爺さんが家に連れて帰ると、おなごはぽつりぽつりと話始めた。おなごは千歯淵に住む龍の娘で、年頃になったので母のいる天に昇ろうと、雨の晩を待っては雲に乗ろうとするのだが、体が弱くうまく乗れないのだという。
娘は爺さんの優しさに力がわいたと言い、今度こそ必ず天に昇ると言って帰って行った。爺さんは信じられん気持ちで、その後一度だけ淵を見に行ってみたが、龍が住むような気配は感じられなかった。
しばらくした雨の夜、いつもより大きな地鳴りがしはじめた。がたがたと家が鳴り、囲炉裏の灰が舞いあがった。「飛ぶんじゃ…!」爺さんが表に出ると、黒雲の合間に大きな龍が天に昇って行くのが見えた。爺さんは大きく頷いて、龍の娘を見送った。
『ど おッと一つ鳴れば雨、どどどおッと二つ鳴れば風、どどどおッと鳴れば雷、四つの時は大水、五つの時は悪い病気、六つは大騒動、七つは地震・山津波。このよ うに天から太鼓の音が聞こえたら、私からの合図と思って下さい。』龍の娘がお礼の印として吉兵衛爺さんに残した言葉だそうな。
おかげでその後頓原では大きな災いもなく安心して暮らすことができたという。今でも龍の娘を祭った祠がたっていて『おとみーさん』と呼ばれておる。
(ニャコディ 投稿日時 2013-2-2 12:03)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 島根の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 志々乃村神社(おとみーさんに所縁の神社) |
このお話の評価 | 9.06 (投票数 17) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧