ある山に、岩茸(いわたけ)を採って暮らしている「吉作」という若者がいた。独り暮らしの吉作は山の男らしく、身も心も清くたくましい立派な若者だった。
ある晴れた日、初めて入った傾山(かたむきやま)のある岸壁で岩茸を採っていた。岩茸はそそり立つ断崖絶壁の壁面に生えているため、綱一本に捕まりながら採るという大変な仕事だった。岩茸はたくさん採れ、ふと崖の途中に人が座れるくらいの小さな岩棚があるのに気が付いた。苦しい姿勢が続いていた吉作は、岩棚に降りてしばらく休憩する事にした。
岩棚に座って十分に休憩しそろそろ上にあがろうとすると、今までぶら下がっていた綱に手が届かない。吉作の体重を支え伸びきっていた綱は、吉作が手を放した際にずいぶん上の方まで上がってしまっていた。吉作は、岸壁の途中に一人で取り残されてしまった。
吉作は声を限りに何度も叫んだが、その声は岸壁にこだましまるで化け物の叫び声のようになった。何日か経ち、吉作は飢えと寒さのためほとんど意識を失いかけていた。おぼろげな意識の中で、「鳥のようにふんわりと飛んで着地できるかもしれない」と錯覚し、崖の岩棚から身を踊らせた。吉作は、美しい紅葉で赤く染まった谷間に消えていった。
後に、この事を知った村人達はあの岩場を「吉作落とし」と名付け、山に登る人々の戒めとしたという。
(紅子 2011-10-17 21:49)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 大分の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 吉作落としの場所:大分県傾山(大分県緒方町上畑) |
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